私の転機・・・年を取ってるからたくさんありそう・・・
あれ?そうでもなかった???
振り返りのためにかなり昔の事から書いていますが・・・
やっぱり私にとっての最初の転機は女子高に入ったことから始まるのです。
幼稚園、小学校、中学校とおとなしくて目立たなくて、皆の前で発言する事もリーダー役になる事もなかった私が・・・高校に入学した途端に学級委員です。クラスをまとめる事、まとめるためにはどうすれば信頼されるのか?未熟ながらも考えて、苦しんだ高校1年生の1年間でした。
本当に・・・クラス半数以上から避けられるし、一番怖い風貌の子に首根っこ掴まれたり、学校に行きたくなかったし、死んだ方がいいかなと思っていました。
聖書とアルフィーが心の支えでした。
私のキャラクターが出始めた頃ですね。
親元を離れて東京の大学に進学した事
20才の夏にフランスへ行った事
は『多様性』を知ったという事です。世界観が広がり人生観も変わりました。
特にフランスで出会った人、現地で同じ短期留学をしていた日本人の方々ですが、その人たちと話した事でまた別の世界を知りました。
(雅子様と親しい方と同室になったり、おバカだと思って話してた男の子たちが関西のお金持ちだったり、その後F1の世界のライターさんになった人など)
死産はやはり人生観の大きな転機ですね。
そしてHPを開設したことでネット上での友達がたくさんできるという事を知りました。
同じような経験をした人たちと東京で会えたり、一緒に京都の鈴虫寺に行ったりしたので『出会い』もありました。当時知り合った人と今もたまにメールのやり取りをしていたりしてます。
出産は私自身のライフスタイルの変化。
2004年の家庭内事件・・・夫との事件ですが・・・その直前から始めていたエキサイトブログが私の心の拠り所となり、またエキブロでも友達がたくさんできまして・・・東京に行った時に2~3回オフ会を開いてくれたりしました。
これも『出会い』かな
2008年の家庭内事件・・・これも夫との事件ですが、これがきっかけとなり占いをすることになったように思います。
またこの時にも人との出会いに恵まれました。
2009~2011年の事務局の仕事で・・・自分の事務仕事の向いてなさを痛感しました。
いや・・・結構仕事は出来るんだけど、絶望的に整理やファイリングが下手で私が休むと誰もカバーできない・・・って分かりました。事務員2人で仕事量的に私が7~8割やっていたので私が休むと仕事が遅れる状態に・・・。
またここでは上流階級というものの存在や流儀みたいなもの?を改めて知るという事もありました。
事務局があったお家の庭を半年に一度世話しに来ている日本語の上手な面白い外国人が後に後にNHKの『プロフェッショナル』で取り上げられるガーデンデザイナーだったり・・・という出会いもありました。3家族合同で島に2泊3日しに行ったりもしたなぁ・・・
事務局にさせて頂いたお家の奥様には今まで知らなかったり、縁がないと思っていたお店のお菓子(空也の最中とか村上開新堂のクッキーとかショコラティエ・エリカのチョコレートとか)を頂いたり・・しました。
2011年の占いとの出会いは書くまででもないですが、大きな人生の転機でした。まさか仕事にすると思っていなかったのです。
そして同じ頃に始めたFacebookもたくさんの人との出会いを作ってくれました。私にとっては2011年はかなり大きい転機と言えます。
そして2015年、さらに人脈が広がったなぁと実感できる年でした。
県外に出て行って、そこで知り合い、さらに講師の先生を松山に招致して・・・って数年前までの私なら考えられない事でした。
長くなったので続きは後編で・・・