前の記事、「筋肉祭りがやってきた」で
私は最初、「体から手を離してもクラニオできるみたい。」
って書いてしまったのです。
出来るのは知っていたし、コース中も習ってきたのに
へ~そうなんだ。みたいなノリで書いてしまっていて。
なんでそんなこと書いたのさ!?(恥)とともに
どうしてなのかな。と昨日ぐるぐる考えていました。
なんかな、まず第一に、ボディワークの一つである
クラニオがボディから離れるって、
言っちゃっていいのかな?って思ってしまった事。
ちゃ~んとコース中に、肉体の外側の層。
エーテル体とかコーザル体とかって話は聞いているし、
そこまでもを含めた、クライアントさんの
存在全てに寄りそってホールドしましょうって、
練習中にも何度も言われてることなんだけど。
体の中にある見えない部分の、
質感まで生き生きと感じられるようになったり
体の外側にあふれてるその人の要素
(幽体離脱だったり天使の羽だったり)
まで見えるようになったのが、
コースもすっかり修了して、
割と最近だったこともあったり。
私には、この見える感じがものすごい友達。
というのもいて、
多少彼女に近づいた感じのことが
分かるようになったとしても、
自分は彼女みたいな能力はないし、
そもそも彼女はクラニオをする前から
見えてたわけだから、
見えるとか見えないっていうのは
クラニオとは無関係だ。なんて思ったり。
私の中で、この感覚は
クラニオとは切り離されたものになっていたんですね。
その上、こういう観点で発言している人って、
クラニオ界には案外少なくて(知らないだけ?)
割とボディ寄りに地に足着いた感じで
きちんと表現されていることが多いから、
そういった他の人の経験に、私に起こっている
出来事を当てはめようとしていたことを痛感。
私のクラニオは、私のものでしかないのに。
クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは、
その人の全体を、見てホールドするものであって、
見ているのがどの層だとか、関係ないのです。
感じ取っているのも、軽く触れている手のひらからとは
限らず、五感を全開にして全身で感じ取っています。

長くなりそうなので、記事を分けます。

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私は最初、「体から手を離してもクラニオできるみたい。」
って書いてしまったのです。
出来るのは知っていたし、コース中も習ってきたのに
へ~そうなんだ。みたいなノリで書いてしまっていて。
なんでそんなこと書いたのさ!?(恥)とともに
どうしてなのかな。と昨日ぐるぐる考えていました。
なんかな、まず第一に、ボディワークの一つである
クラニオがボディから離れるって、
言っちゃっていいのかな?って思ってしまった事。
ちゃ~んとコース中に、肉体の外側の層。
エーテル体とかコーザル体とかって話は聞いているし、
そこまでもを含めた、クライアントさんの
存在全てに寄りそってホールドしましょうって、
練習中にも何度も言われてることなんだけど。
体の中にある見えない部分の、
質感まで生き生きと感じられるようになったり
体の外側にあふれてるその人の要素
(幽体離脱だったり天使の羽だったり)
まで見えるようになったのが、
コースもすっかり修了して、
割と最近だったこともあったり。
私には、この見える感じがものすごい友達。
というのもいて、
多少彼女に近づいた感じのことが
分かるようになったとしても、
自分は彼女みたいな能力はないし、
そもそも彼女はクラニオをする前から
見えてたわけだから、
見えるとか見えないっていうのは
クラニオとは無関係だ。なんて思ったり。
私の中で、この感覚は
クラニオとは切り離されたものになっていたんですね。
その上、こういう観点で発言している人って、
クラニオ界には案外少なくて(知らないだけ?)
割とボディ寄りに地に足着いた感じで
きちんと表現されていることが多いから、
そういった他の人の経験に、私に起こっている
出来事を当てはめようとしていたことを痛感。
私のクラニオは、私のものでしかないのに。
クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは、
その人の全体を、見てホールドするものであって、
見ているのがどの層だとか、関係ないのです。
感じ取っているのも、軽く触れている手のひらからとは
限らず、五感を全開にして全身で感じ取っています。

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