今日の心屋さんのブログ
。。。
「嫌なことガマンして自分を殺すより 好きなことして傷つこう」
ううっ。
自分の夢系の「やりたいこと」とは別に、
私はほんとうは、姑と別居したい。
姑はちょっと事情が特殊。自立できない。
ふつーなら、もう我慢できません、
私たち(私と夫)出ていきます!ってすればいい。
でも、別居するには、
顔もみたくない、話しもしたくない、
姑や親戚たちと話をしないといけない
(ことあるごとに私の親に文句を言うというので)
私の両親に迷惑をかける
私の親が傷つけられる
私の親がひどいことをいわれる
私の親が私のために姑に頭を下げる
(親はきちんと対応してくれると思うけどそうさせたくない)
本来不要なお金がたくさんかかる
姑の生活費を支払わないといけない
姑になにかあれば面倒みなければいけない
いろんな姑側の親戚から責められる
姑に家をのっとられる
じぶんたちの生活のなかで、姑にかかる費用がなければ
もっと自分たちのためにお金を使えるのに、と思う
貯金ができなくなる
家具などすきなものを使えない
私の言うことを理解してもらえない
なにかを親族会議で決めたとしても、すぐくつがえされる
約束は守られない
愛する主人の唯一の母親であるという想いはある
姑が原因で夫と別れるようなことにはなりたくない
私一人で戦わないといけない
傷つきたくない
親戚に囲まれて責められたくない
また過呼吸になりたくない/なるようなストレスを
自分にかけたくない
夫は私の代わりに私の伝えたいことを伝えられない
(事細かには書けないので、上記だけ読むと、
被害妄想だと思われるかもしれませんが)
対峙して別居することが、私が乗り越えないといけないこと
とは思えない。思いたくない。
別居できたら、
自宅でいつでもリラックスできる
自宅で不要な気を使わなくていい
主人と二人の生活を楽しめる
それは普通の(自分の嫌な姑と)
同居していない家庭ならあたりまえのこと。
ただそれを実現するためには、膨大なことを克服しないと
いけない。
そのために必要な、話術、交渉術、勇気、自信、
立ち向かう気がない。
もう姑のことで傷つきたくない。
対峙したからといって、心置きなく別居できるとは
限らない。
引き寄せの法則っていうけれど、
わくわくして精神レベルをあげて、
高い波動でいれば、自然と自分の思うとおりになるって。
自分の精神レベルをあげるということは
自分と対峙するということ。
ただ、毎日姑が家にいれば心揺り動かされ、難しい。
そこを乗り越えていくこと、
自分の考えや感じ方を変えていくこと、
自分を変えていくこと
のほうが、価値・意義・やる気があると思う、思いたい。
自分のやりたいことに注力していたら、悩みが自然に
解決していた、が、いい。
それは逃げなのか?
姑や親戚と対峙しないと、私の成長にならないのか
ただ、もやもやするほうに突進しなくていい、
もやもやすることは考えなくていいって、いうし。
別居というゴールに向かうために、
道はいくつかある
どの道をいってもいいゴールには必ずたどり着ける
ただ、どんな道をいくか
大変で荒れ狂う道をあえていくのか
行きたくない道をあえていくのか
遠回りかもしれないけど行きたい道をいくのか
ゴールについたときにボロボロになってていいのか
ゴールしたときに嫌な自分になってていいのか
行きたい道をいけばいい、
いまのままの私でいい
とは、こういうことか?
それとも、傷つきたくない言い訳をしているのか?
コンプレックスは自分を守ってくれるという
自分の意見を言うのが苦手、議論が苦手。
それは人と対立して自分が傷つくのを
守ってくれていたんだね。
脈絡がない文になってしまった。。。