こんにちは、野下です
手術から10日だいぶ回復してきたので
週末は友人たちを呼んで楽しく過ごしました
そんな中で起きたことと、
気が付いた大切な話をまとめたので
読んでみてください
先週末、大切な友人たちと泊まりで過ごしました
夜、子どもたちが寝静まったあと
お酒を片手に話しているうちに
それぞれが抱えているものがぽろぽろと出てきた
仕事、育児、パートナーへのこと。
聞きながら感じたのは
2人とも本当に頑張ってるんだけど、
どこかで「ただの自分」を置いてきてしまってるんだなってこと
いつの間にか、お母さんとして、妻として、
働く人として、
役割をこなすことが「自分」になってしまっている
そうなると、まわりも機能で見えてくる。
あの人は役に立つか、立たないか。
子どもは言うことを聞くか、聞かないか。
そのモードに入ると、自分も苦しいし、
相手も苦しい
翌朝、まずあったかいお茶を出した。
「お茶、おいしいって感じながら飲んでみて」
1人は「ほんとだ、しみる」ってほっとした顔をした。
もう1人は「そんなこと思えない。迷惑かけてないかなとか、手伝わなきゃとか、それしか頭にない」と言った。
どちらも正直な反応だなと思った。
そのあとみんなで山へ山菜採りに行った。
わらびを摘んで、
ヨモギうどんを作って、バーベキューして。
「お茶の味がわからない」と言っていた子が、
帰り際に「わらびを摘むのがすごく楽しかった!」と言っていた。
頭がどんなに詰まっていても
身体はちゃんと感じてる。
自然の中にいると、思考より先に感覚が動き出す。そういうことだと思った。
私自身も、仕事に集中しているときや余裕がないとき、気づくと「処理するモード」に入っていることがある
そうなると、他人のことも損得や効率で見てしまって、なんだか孤立したような感覚になる
それがしんどかった時期もあった
自然に入ること、今感じることに意識を向けること
そういうことを積み重ねて、少しずつ「戻る場所」を自分の中に作ってきた気がする
完璧に保ち続けなくていい。
ずれても戻れたら、それでいい。
もし今、誰かのために動きすぎて
自分がどこかに行ってしまってる感じがするなら
まず一杯、お茶を淹れてみてほしい
味わって飲んでみてほしい それだけでいい
「ただの私」に戻る入口は、そんなちいさなところにあるんじゃないかな
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