今日はタイトルの通り、
虐待やDVの話です。
不快な気分になりそうな方は、
読むことをお控え下さい。
以前、私は虐待されて育ったのよ〜、という
記事を書いていたのですが、
続編です。
というか、近況です。
最近、テレビでも話題の虐待死事件。
私も過去、何人か見てきました。
虐待死までいかなくても、虐待やDVは
当たり前のように身近にあります。
私の家族も、前の家族も、知人の家族も
地域の方々も、ありふれた光景になっています。
まだ、助けを求められるだけいい。
助けて欲しくたって、
声を挙げることなんて出来ない。
生きていたいから、黙ってる。
もしも警察なんかに言った日には、
確実に命を奪われる。
だから、黙って我慢する。
幼い子なら、なおのこと。
私も生きたいから仕方なく耐えてきたけれど、
今みたいに、学校にも
逃げたり助けてもらったりできる案内を
貰えていたら、とっくの昔に逃げていた。
5歳だった私には、
助けて、の声を挙げることが出来なかった。
それが虐待だって知らなかったし、
逃げるという選択肢を知らなかったから。
もしも誰かに気がついてもらえていたら、
もしも誰かに頼れたら、
どんな人生だったんだろう?
今は今で充実しているから、
過去も含めて良かったんだろうけど、
私の子ども達には、
同じ想いはさせたくない。
40年近く我慢して来たけど、
いよいよ試練の最終段階。
私の家にいる両親との別居。
宿題、テレビ、ゲーム、睡眠、という
キーワードや状況に執拗なまでにこだわり、
守らせようとするあまり、
瓶で殴る、蹴る、突き飛ばす。
焼き殺されそうだった過去の家族が
あまりにも酷かったから
よく分からなくなっていたけれど、
さすがにもう限界。
私も怯えて反応するのが治らないし、
子ども達も見た目は元気だけど、
夜勤の度に、助けての電話が
泣き叫ぶ子ども達の声と
怒鳴り散らしている両親の声、、、。
子ども達の面倒を見てくれる、
というだけではもう、
存在の意味がなくなっている。
居てはいけない存在。
収入を得ながら、自由に働く。
そんな仲間達とともに、
子ども達を守って生きて行こう。
そのために協力してくれる
友達がいるから。
保護は現実的ではないから、
今の職場に出来ること、
今の私に出来ること、
子ども達に出来ることを考えて
踏み出して行きます。