10月に体調不良になったけど
ご飯は食べていたしお散歩にも行って元気でした
けれどそれからほんの数週間でどんどん容体が悪くなり3日に一度の病院通いと注射と薬で頑張っていましたが
元々持病がある上にクッシング症候群を発症したことで色んな病いが襲いかかってきました
思いもしなかった重度の貧血
追い討ちをかけるように肺水腫を発症
できていたことができなくなり
大好きだったご飯も食べられず
それを見ているしかない無力な自分がいました
それでもりくは本当に満身創痍の小さな体で一生懸命頑張ってくれました
その姿を見ているのは本当に辛くてりく自身も逃げ出したいと思ったこともあるでしょう
その都度、もう頑張らなくていいよ
りくが苦しくない時にお空に行くんだよとずっと語りかけていました
低体温になったのが大ダメージでもうりくの体は歩くことすらままならなくなりました
それでも最後の夜、私の布団でいつものように
一緒に寝かせると呼吸は荒いけど布団の中で動きまわり、夫が様子を見に来た時にもう力は残ってなかったはずなのに
嬉しい時のように尻尾を何度も何度もブンブン振ってくれました
その後大きく体をのけぞらせ虹の橋へと向かいました
その瞬間、私は半狂乱になりました
これ以上りくが辛い思いをするくらいなら安らかにお空へ。。。と願っていましたが
りくを永遠に失う悲しみでいっぱいでした
今、お布団の上で安らかに眠っているりくを見ているとりくとの日々が走馬灯のように思い出されてまだまだ涙が枯れることは無さそうです
尻尾ブンブン振ってくれたのは
「こんなに幸せだったよ❣️ありがとう」のサインだよと娘が言ってくれて涙が出て仕方ないのです
大阪に来てからの9年間、日中はずっと2人で過ごしてましたので明日から私はどうなるのだろうと。。。
全てがりく中心の生活でした
1人にしたこともないしご飯のことをいつも考えて。。。
私のりく。。。
全てが可愛く愛しかった
もう一度、やんちゃなキラキラなお目目に会いたいです
りくに依存してたのは私たち夫婦
当分は立ち直れそうにないけどいつか笑ってりくの話しができる時は必ず来ると思います
明日の13時にりくはお空へと旅立ちます
家族5人でしっかりと見送ります🙏


