千葉県市川市に有る現代産業科学館はメンテナンスでちょっとかかわりがあります。
開館時に光ファイバーを説明するマジックビジョンという物を納めています。
メンテの下見に行ったときに1階で地元の方による当時の風景を撮影したものが展示されていました。
昭和30年代といえば私の幼少期ににドンズバです、初めて行ったのは35年の谷津干潟への潮干狩りだ。
そう正にこんな感じでもうそこここにアサリがいた。
後ろに立っている竹竿は多分澪(みお)を示した物だろう。
みおっていうのは離岸流のことで、そう海水浴へ行くと沖へ流されないように注意しなければならない海流だ。
こういった干潟の浅瀬でも離岸流は弱いもののあるのですね。
その部分は海底の砂が流されて溝状に数10センチ深くなっている。
これを使うと小舟は陸地近くまで入って行けるのですね。
漁となればこんなにも取れた訳です、アサリだけでは無くハマグリやバカガイ(寿司ネタの青柳)もたくさん取れた。
ただね、当時は潮干狩り行ってバカガイを取ると、地元の方がそんなの食えないから置いて行けって言われる。
確かに味噌汁など加熱するとそんなに美味しくはないのですね、なので置いて行った。
世の中的にバカガイが青柳で有ると分かったのはかなりその後で昭和50年代くらいになってからじゃないでしょうか。
地元の方達に一杯食わされたって感じでしょうかね、解らずに取って置いて行ったバカガイは彼らの糧になっていたという事ですね。
この漁の様子はたっぷりと収獲して潮の満ちるのを待っている所、船が浮かぶまで小休止です、のんびりとした時代であったと。
こちらは打瀬船という比較的大きな船です、船底が薄く平らで瀬に上げて置いておける。
大きな帆が主動力ですからきわめてクリーンな動力源ですよね。
勿論操船には相当の技量が必要だったはずですから技術的には今よりももっと経験が必要だったでしょう。
これもまた典型的な東京湾の風景だ、青キス釣りですね。
現在青キスは幻の魚です現在主流の白キスとは違います、東京湾では主に昭和40年代の水質汚染で絶滅してしまいました。
江戸前の寿司ネタとして春から夏場を彩る重要な魚だったのですが今はもう食べることは出来ない。
近年になって豊後水道の九州側で近種が確認されていますが、市場に流通するほどでは無いようですね。
私も子供のころ食べたのだろうが味の記憶は勿論ありません。
海苔もたくさん取れました、これも在来種であるアサクサノリが主だったのですが今は絶滅危惧種となっていて殆どなくなっています。
現在ではスサビノリが主流のようでこちらは全国的に養殖されていますね。
今ととは違って海苔の着いた網ごと収獲しているようです。
手すきで天日干しされた板海苔は当時の普通、工場生産が進んだ現在は超高級品となっていますね。
私は木更津の知り合いに宮内庁収めと同物を頂いた事がある、それはそれはとんでもない代物でしたよ。
船橋市場の入り口あたりだ。
これなんか今にも通ずる風景なんですよね、14号線より見る風景に近い、勿論建物は変わっていますが雰囲気は今にも残っているかなあ。
まるはの冷凍イカは読めるがニッスイのマークのは何だろう。
というかこの頃もう冷凍物が出回っていたんですねぇ。
手前にTAS(田中工業)製のエンジン付いたバタバタが写っているのもバイク好きには貴重な資料です。
私が小さかった頃はまだ東京湾はこんな感じだったんですね。
谷津干潟の潮干狩り後幼稚園の遠足で谷津遊園にも行っていますよ、船橋ヘルスセンターはもう少し後ですね。
京成線の脇を走る国道14号線が海っぺりでした、現在の海岸線は遥か数キロ先です。
今どれも記憶に残ってます、つくづく高度成長期を生きてきたんだとこの写真たちを見て感慨に更けるのでした。






