胸をゆらすと まるでソフトクリームです。
歩くたび まるい体が ゆらゆらです。
走り出すと 体ぜんぶが ぶるぶるです。
こんな体で飛べるのか?と思ったら
次の瞬間 普通に空へ飛んでいく。
しかも胸には 飛ぶための強い筋肉。
よく飛びます。
ただ着地に失敗すると ひっくり返って
一人では 起きられません。
アヒルって 結構 飛べるんですね![]()
おデブちゃんだから飛べないって思ってました![]()
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【今週の風、薫る】
直美が懐妊しました。そこに広島の陸軍予備病院にいる多江から手紙が届きます。
患者に問診中に ”軍人たるもの女と気軽に話をするな”と言い出すがいて 多江が”会話をしないと看護ができません”と言い返しました。するとその患者が 地元の新聞社に”患者と看護婦が不適切な関係にある”とスキャンダル記事を書かせました。

佳枝の症状は少しずつ進行していて 起き上がるのに人を呼ばなくてはいけない状態になっていました。りんは椅子を利用して立ち上がれるように工夫をこらしました。

直美は赤ちゃんを授かったことを小川に告げましたが 小川の出征が気になる直美でした。
恵風看護婦会に捨松が訪ねてきました。捨松は労咳に罹った夫と先妻の子を別棟で看護しているところ、「継子いじめ」だと世間から噂されていると打ち明けます。多江の広島の予備医院の話を聞くと捨松は 慰問を決行します。

看護婦と話すことを上官から咎められるため、捨松は 痛みや体調不良を訴えられない患者の手を取って言いました。
「看護婦の仕事を妨げることはお国のため、傷を負った傷兵の命を軽んじること。ひいては、この国の国力そのものを落とすことになると、どうか心得てください。」

美津とオムツを縫っている直美。顔も見ていない赤ん坊だけど可愛く思える直美でした。
”文さんもそうだったのかなー。1人で産むことになったら それも文さんと一緒だ”と呟く直美でした。
ある日、改まって小川が直美に話しかけ、子どもの名前を準備しておきたいと告げました。
「男でも女でも明治の明と書いて アキラにしよう。
明るいのはいいことだろ?」

年が明けて3月。小川に出征の命が下りました。
一ヶ月後 直美は男児・明を出産。戦争が終わり 小川の帰りを楽しみに待っていましたが、小川は台湾から帰ってきませんでした。

朝 小川の遺品を持って 軍人が訪ねてきました。
台湾で岩場から落ち 広島の病院へ移送されて療養中になくなったと軍人は言いました。
戦争 終わったのに死んじゃうってことある?
呆然として直美は 遺品となった軍服と帽子を手に取りました。しっかりと縫い付けていたはずの軍服の第二ボタンは取れていました。

悲しみに沈んでいる直美の元に 多江が訪ねてきました。
小川の看護をしていた多江は 小川の最期の様子を話しました。小川は戦いで命を失ったのではなく 脚気の病で亡くなっていました。
この戦争は戦場で命を失うよりも 伝染病やかっけで亡くなられた方の方が多かったという現状を多江は話しました。そして小川から託されたボタンを直美に渡しました。

小川は最期の時 左手に握っていたボタンを多江に渡しました。
「直美にこれを。
会いたかったなぁ 直美」
小川は そのまま夜遅くに亡くなりました。
りんは直美に”明は見てるから、ボタンをつけて帰ってきて”と言いました。
直美は 小川の得意だった”埴生の宿”の鼻歌を思い出しました。軍服姿で笑っている吾郎が ボタンをちぎっている姿が見えました。直美は現実を受け入れました。
久しぶりに登場した捨松を描きました。
家族に 怖そうなおばさんと言われてしまいました![]()
