雅子さまの赤十字大会での記事を取り上げます。

 

 

全国赤十字大会が開催され 名誉総裁の皇后雅子さまは、赤十字社の活動に尽力した個人や団体に有功章を授与。受章者との懇談の場では、ガザ支援の苦労に聞き入りながら、雅子さまが感極まる場面もありました。

 

写真・図版(1枚目)| 〈皇族がた全国へ〉皇后雅子さまは、感極まり深くうなずいた 「覚悟を決めて、目をつむった」と話すガザ支援の過酷な報告  全国赤十字大会 | AERA DIGITAL(アエラデジタル)

 

「大変な環境だったのでしょう」 

 

式典のあと、皇后雅子さまは、ガザ地区で負傷者の治療に携わっていた看護師の川瀬佐知子さんに声をかけられました。

過酷な現地の状況を伝える川瀬さんの報告は、鬼気迫るものでした。激しい攻撃が続く日は、寝る前に家族にメッセージを送っていたそうです。

 

「『もう目覚めないかもしれない』と覚悟を決めて、目をつむりました」

 

 写真・図版(1枚目)| 〈皇族がた全国へ〉皇后雅子さまは、感極まり深くうなずいた 「覚悟を決めて、目をつむった」と話すガザ支援の過酷な報告  全国赤十字大会 | AERA DIGITAL(アエラデジタル)

 

大阪赤十字病院で看護師をしていた川瀬さんは、ガザ北部のアルクッズ病院に入り医療技術支援を続けていました。10月に、イスラエルとイスラム組織ハマスとの大規模な軍事衝突が始まり 退避した南部でも、爆撃の煙があちこちで立ち上る中、負傷者らの応急処置や薬剤調達を続け、2023年11月に帰国しました。

 

「アルクッズ病院に避難者はどのくらい?」 

「退避も大変だったでしょう」

 

川瀬さんとの懇談で、雅子さまはガザでの状況をさらに尋ねられました。

 

皇后さま ガザでの活動報告に感極まり… 愛子さまもスタッフとして参加 全国

 

負傷者含めて、1万5000人もの避難者が病院に集まり、水や食料の確保が困難であったこと。一度では避難は終わらず、何度かに分けて行われたこと。車の燃料がなく、患者を担架に乗せて代わる代わる担いで搬送したこと。川瀬さんは現地の苦労を説明しました。

 

帰国後の記者会見などで、川瀬さんはガザから退避する際に葛藤があったことを語っています。そうした気持ちに寄り添うように、雅子さまは尋ねられました。

 

「現地の方と連絡は取れていますか?」

 

連絡は取れているものの、通信状況が悪く、返事が来ないことや、1~2週間連絡が取れないこともあったといいます。

 

「ガザ医療従事者、心のケア課題に」 退避の看護師 - 日本経済新聞

 

「このように日本でガザの現状を伝えるだけでも、現地の人々は喜ぶでしょう」

 

と川瀬さんは話します。川瀬さんが話す間、雅子さまは寄り添うように、何度も深くうなずかれました。

 

「現地の方々に、よろしくお伝えください」

 

最後にこう言葉をかけた時、雅子さんは感極まっているようだったそうです。

 雅子さま 愛子さまも新入職員として従事…全国赤十字大会で見せた感極まられたお姿(3ページ目) | 女性自身

 

日本赤十字社に就職した両陛下の長女、愛子さまも職員として大会業務を支えられました。お二人にとって思いの深い1日になったに違いありません。 

 

記事より抜粋しました。

 

命がけでガザ地区で看護医療されていた川瀬さんは 言葉にできないくらい怖い思い、悲しい思いをされたことでしょう。戦争は悲劇だとわかっていながら 戦争が絶えない世界。なぜ平和を壊そうとする動きがあるのか。行動を起こす前に 熟慮が必要だと思います。

 

 

【表舞台と裏舞台で共演された雅子さまと愛子さま】

母親として 嬉しく思われたご公務だったと思います。

 

 

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伊豆に春を告げる「河津桜まつり」が開幕し、さっそく多くの観光客が訪れていました。

 

 早咲きで知られる河津桜は静岡県河津町内に約8000本、河津川沿いに850本ほど植えられています。 

 

オープニングセレモニーでは子どもたちがダンスを披露するなどして開幕を祝いました。 

 

今年は開花が早く、河津川の上流では3分から4分咲きで場所によっては見頃を迎えてるところもあります。 

 

祭りは3月8日までで2月中旬には見頃を迎えそうだということです。

 

 

まだまだ寒さが強い日常ですが 河津桜のピンクに春を感じます💓

 

もうすぐ春です飛び出すハート