令和に変わり1年3カ月が過ぎた、コロナ感染拡大期の天皇ご一家の支援の様子を振り返った記事を取り上げます。
両陛下の公務はお住まいの赤坂御所と執務や儀式を行う宮殿が中心となっていました。「通勤」のために御料車で往復する以外は、ほぼ外出はなく、天皇家の表情を伝えるニュースは減りました。
そんなある時期に 赤坂御所で行われたご接見は、久しぶりに、エネルギーあふれる両陛下の様子が伝わってくるものでした。赤坂御所に伺ったのは、コロナ拡大で困窮する子どもや家庭を支援する、「あすのば」代表理事の小河光治さんや「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」理事長の栗林知絵子さん、「キッズドア」理事長の渡辺由美子さんでした。

「もともとの予定は、夕方の18時から1時間。終了時刻になると、お付きの方が合図を送った気配がありました。しかし、両陛下は我々が気詰まりにならないよう、自然に会話を続けてくださって、気づいたら30分も超過していました」
小河さんが振り返ります。
小河さんは、コロナ不況で困窮する家庭の高校生たちが書いたアンケート資料を両陛下に見せました。

「部活は辞める。アルバイトして家にお金を入れないといけないから」「就職の内定を取り消された」「だれか、たすけて……」
両陛下は、悲鳴がつづられた紙を、食い入るように読んでいたそうです。
栗林さんも、コロナ休校で居場所をなくしたり、食事に困る子どもたちのための、子ども食堂の活動について話をしました。危機的状況の一方で、今まで他人だった地域の人たちが、手を取り合い、「おせっかい」を合言葉に、新しい絆が生まれた、と話しました。
「おせっかい」という言葉に、両陛下は思わずふふっと笑い、そして天皇陛下は「ピンチをチャンスに、ですね」と答えられました。
これらの支援活動には、陛下からの寄付金の一部があてられる予定でした。学習支援を行う渡辺さんが、両陛下の支援について、子どもたちに話してもよいものかと尋ねると、両陛下は、力強くうなずきました。
「子どもたちに、応援していますと。ええ、ぜひ伝えてください」

皇室と子どもを支援する団体の交流は、昭和や平成でも多くあります。しかし、小河さんや栗林さんらの活動はまだ、新しい。子ども食堂の存在も5、6年ほど前にやっと世間に知られるようになったところです。
陛下は、皇太子時代から、「時代に即した公務の在り方」という言葉を使っていました。令和の新しい公務は、その輪郭を現し始めました。令和色が顕著なのが、「ご進講」の在り方です。
両陛下は、新型コロナ関係で外務省や厚生労働省を含め幅広い専門家のご進講を受けていました。7月には、経団連、日本商工会議所、経済同友会の代表という珍しいメンバーが御所を訪ねました。「経済への影響について話を聞きたいとの両陛下の希望だった」そうです。
ご進講のスタイルも令和では新しくなって 平成では天皇と皇后で別だったご進講を、令和では一緒に受けているのです。
明治時代から皇后が受け継いできた養蚕でも、珍しい場面がありました。6月に、成長した蚕を「蔟」と呼ばれる網に移す「上蔟」の作業を雅子さまが陛下と一緒にされたと報じられました。それまでは 天皇が上蔟を手伝うのは ほとんどなかったのです。
ファッションで注目されたのは、陛下や愛子さまと同じ、さし色を用いたおそろいの親子3人の仲睦まじさがにじむ リンクコーデです。
絆や時間を大切にする、令和の天皇ご一家像が伝わってきました。
記事より抜粋しました。
コロナ禍であっても 両陛下は国民に寄り添ってくださっていました。”ピンチをチャンスに”この言葉は 現在の日本にも当てはまる名言だと思います。仲睦まじい ご一家の様子は家族としての在り方の理想の形だと いつも尊敬の目で見させていただいています。
【雅子さまの温かい励まし】
少女の想いに寄り添って さらなる感動を引き起こしてくださった雅子さま。素晴らしい交流だと思いました。
【天皇ご一家のリンクコーデ】
上品でセンスあふれるリンクコーデに いつも目を奪われてしまいます✨
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神奈川県二宮町の吾妻山公園で、早咲きの菜の花が満開となり、訪れた人たちの目を楽しませています。
標高136メートルの山頂にある公園には、菜の花約6万株が生育。
観光客らは麓の登山口から分ほどかけて登り、冠雪した富士山や相模湾を背景に咲く淡い黄色の花々を眺めて、一足早い春を感じ取っていました。
菜の花は 寒波の影響を受けなかったでしょうか?
まぶしいくらいの黄色の花に 元気をもらえます✨
