天皇家の大相撲観戦の記事を取り上げます。

 

 

 

1月18日、大相撲初場所を観戦された天皇ご一家。4度目のご観戦となった愛子さまは、手元の紙に勝敗を書き込みながら、熱心に拍手を送られていました。

 

 

愛子さまは幼稚園に通われていたころから大の相撲ファン。両陛下をお相手に相撲の決まり手を再現したり、手刀を切ったりして遊ばれることもあったそうです。

 

幼少時から相撲ファンの愛子さま、4度目の大相撲ご観覧 初のご観覧は4歳 - スポーツ報知

 

幼稚園から帰ると、すぐにテレビをつけ、幕下の取組からご覧になるほどでした。ちなみに当時の“推し”力士は朝青龍と琴光喜だったそうです。 

 

第68代朝青龍 横綱在位:2003年11月~10…:横綱ヒストリー 写真特集:時事ドットコム

 

2007年に天皇陛下がモンゴルを訪問された際に、愛子さまが朝青龍を『ダグワドルジさん』と本名でお呼びになっているエピソードを明かされたこともありました。

 

まさに筋金入りの“スー女”だった愛子さま。曾祖父にあたる昭和天皇も、無類の相撲好きだったことで知られています。

 

昭和天皇(昭和30年)▷蔵前国技館で初めて大相撲を御観戦 | ジャパンアーカイブズ - Japan Archives

 

「昭和天皇の相撲好きは有名でした。昭和天皇が摂政時代の大正14年、東宮御所で台覧相撲が行われたことで協会に金一封が下賜されました。その御下賜金で摂政賜盃が制作されましたが、翌年、御代替わりとなったため、協会は宮内省の許可を得て、新たに天皇賜杯として作成し直しました。

 

栄光の象徴 戦争乗り越え【戦後80年】大相撲天皇賜杯、詰まった重み|静岡新聞DIGITAL 静岡県のニュース

 

昭和2年 夏場所からこの天皇賜杯が幕内優勝力士に渡されています。もっともオリジナルの天皇賜杯はひとつだけですから、幕内優勝力士にはレプリカが贈られているそうです。 

 

大相撲がなんとなく「国技」の地位にあるのも、昭和天皇が好角家だったおかげ。  立場上、あまり好みの力士は語らなかったけれど、栃錦と富士桜が好きだったとか。  30手も繰り出せば業師と呼ばれる現代、51手の決まり手を残した名人横綱と、突き押し相撲一本槍の富士桜 ...

 

昭和天皇は側近らと相撲大会をひらくほどの好角家でした。昭和30年以降、国技館で40回ほど観戦されています。多いときは年3回も観戦されました。

 

昭和63年の九月場所も観戦される予定でしたが、急遽お取り止めになりましたので、その前年の五月場所が最後になりました」 

 

と 皇室解説者の山下晋司さんは話します。

 

安青錦が2場所連続優勝に前進!雅子さまも「感銘を受けた」と綴られた新大関の躍進と“師匠との絆”(週刊女性PRIME)|dメニューニュース(NTTドコモ)

 

雅子さまも昨年のお誕生日に際して公表された“ご感想”のなかで、ウクライナ出身の安青錦関が初優勝したことにも言及されていたように、天皇家をはじめ皇室の方々との大相撲とのゆかりは深く、連綿と続いています。

 

昭和天皇の好角家ぶりも、時を超えて愛子さまにも受け継がれているのは間違いないようです。

 

記事より抜粋しました。

 

昭和天皇の 観戦のご様子が ほんとに楽しそうで 体全体で お相撲を楽しまれていたんですね照れ

 

愛子さまを通して 昭和様も お相撲をご覧になっていたんだと思いますキラキラ

 

 

 

【白バイ隊員の神警護】

警察の方の警護があってこその 

天皇ご一家のご公務です。

素晴らしい警護の様子をご覧ください。

 

 

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま猫しっぽ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫からだ猫あたま

 

節分を前に、福をかき集める縁起物の熊手作りが、愛知県西尾市の勝山寺で最盛期を迎えています。

 

月内に2500本を用意し、2月1日に寺で行う節分会で祈禱を受ける参拝者に配るそうです。

 

 

この縁起物は ご利益がありそうです!

 

賑やかで福を呼び込みそうですね♪