1995年1月17日 午前5時46分
あの日、雪が積もっていた金沢も揺れた。
母が慌てた様子で「大阪で大きな地震!」
(神戸はまだ震度が出てなかったように思う)
大阪の親戚に電話するも繋がらず。
その日は何も手につかず、テレビからの
想像超えた映像に見入っていた。
父の会社の人もたくさん被災し犠牲に。
某 力のある人たちが近所に住む知人は
その驚くネットワークの広がり、速さに驚き政府よりすごいと言っていた。
最近は震災を知らない若い世代は
震災に興味を持たず、怖がり、聞きたくないと拒絶する傾向にあるとか。
また話をしても覚えてなく、これからの
参考にならないとのこと。
臭いものに蓋をする(例えが悪いが)のではなく、事実を知らせることが悪いような
事にならないよう祈るのみです。
想像力の欠如は子どもたちや、その親にも
見受けられる。自分とは関係ない。
それよりも、、ということが多い。
何かあった時に必要以上に大騒ぎし、話をすり替え必ずクレーム言うのはこういう人たち。(あくまでも自分の周りの話)
コロナの時も地元で大きな地震があった時も何も協力せず、日常と同じことを要求していた。
色々と変わっていったこの30年。
あの日の想い、地元での度重なる試練、
自分のこととして考え行動できる日々でありますように。