☆叔父の話 その1
【叔父】
・母の末弟。2011年4月に亡くなりました。
・寂しがり屋。 家族をとても大事にしていました。
【 私 】
・愛がってもらったが関東と離れていたので、たま~に会う程度。
・古文書を扱う職場勤務。
・叔父の葬儀処理などを手伝う為に数日残る。
【孫1(叔父の孫)】霊感強く、いろいろと見えるようです。
9年前の能登地震時、たまたま在京していた私は交通が全て止まり
帰宅できず、神奈川の叔父宅で急遽泊めてもらいました。
これをきっかけにいつもより行き来するようになりました。
1年ほどご無沙汰している間、叔父の詳しい病気は私の耳に入らず
(少し調子悪いみたい・・・程度にしかきいていない)
亡くなる1ヶ月ほど前に本当の病状を聞かされるも
直前の震災でお見舞いにはいけませんでした。
ただ地震前に叔父と電話で話すことができ
その後亡くなるまでメールのやりとりをしていました。
《 葬儀時 》
・孫1が葬儀の時、「おじいちゃんがいた」と言う。
・ロウソクの燃え方が1箇所だけ他と違ってた所にいたようです。
・葬儀後に職場の書庫に入ると亡くなった叔父が白装束で鎧甲冑の武士と立っていた。
⇒亡くなった時の姿(死化粧で顔が別人で雰囲気も全く違い親戚一同不満)だったので、怖さで受け入れられず書庫から飛び出してしまいました。
優しい叔父だったので、あの世でもう友達?先輩?を引き連れてきたの?それとも亡くなったばかりで不安だからついて来てもらったの?と、怖いけれどどこかで笑ってしまうような感じ。
その話を遺族に話すとみんなが「どれも当てはまりそう~」「葬儀中に孫2(当時4ヶ月)の世話と葬儀後のお手伝いのお礼だよ」と遺族に言われました。
《 49日法要 》
・孫1が「おじいちゃんずっといたよね」と話しました。
私もなんとなく気配を感じていた。
長男、長男嫁も、頭痛や寒気を感じていたらしい。
特に嫁は髪の毛を引っ張られたような気がすると言っていました。
《 1周忌 》
長男家族はみんな気配を感じ肩こりや頭痛、寒気を感じていたそうです。
孫1はこの時も「おじいちゃん今日もいたよね~」と話しました。
食事の時にみんなのところ歩いてたそうです。
私もなんとなく気配を感じていました。
《 3回忌 》
読経の際に長男家族、叔母に風が吹いてきたとと言っていました。
私は2列目にいましたが、ろうそくの燃え方が終始ものすごい煙と炎の長さに「今日もいるのかな」と感じていました。
孫1は「やっぱりいるよね。お父さんの横に居たよ。笑ってた」と言っていました。
・その夏、叔母、長男家族と孫1の吹奏楽の演奏会やコンクールに行くといつも会場の階段付近に座り聞いていました。
演奏を楽しんで成長を喜んでいるように思えました。
・長男はずっと頭や肩がだるく痛かったそうです。(横にいたようです)
叔父にとって私は初めての姪っ子。
離れていたけれどよく可愛がってもらいました。
亡くなる数年前までメタボでみんなから痩せるように言われていたのに
写真を見たときは別人のように痩せ細った姿が信じられず
信じたくなくてなかなか受け入れられずにいました。。
叔父が亡くなって1年ぐらいは亡くなった時間に目が覚めていました。
これから数年、色々と不思議なことが起きました。
続きはまた後日・・・。
こちら金沢でもまた雷とともに雨が強くなってきました。
東北、新潟も強い雨に注意です。
どうぞ何事も最小限でありますように。