ずっとモヤモヤしてたんですよね。

誰ってわたし自身が。

 

 

 

言いたいことは

次から次へと浮かびまくっても

なかなかうまいこと

言語化が追いつかなくって。

 

 

 

そうこうしてたら

先日久し振りに会った友人との

交換セッション中に

パパパっと!ひらめいたのだ。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

その友人は

マニアックなヨギーニ(笑)で

多岐にわたって

学びを深めていてね。

 

 

 

言葉の交換を通して

今ここで味わっている感情を

あらゆる視座から

彼女を眺めてゆくのですが。

 

 

 

師事する師から受けた

哲学の叡智をいくつかを引用して

自分自身の心の動きを

丁寧に説明してくれるんだけども。。。

 

 

 

確かにわたしの方には

わかりやすく伝わって来たし、

向上心にあふれるのは

素晴らしいこと。

 

 

 

でもね、

「饒舌でなくても大丈夫だよ」って

思ったのだ。

 

 

 

もっと言うなら

「その説明の必要はないよ」って

思ったのだ。

 

 

 

そもそも

ヴェーダや哲学を

日常の暮らしに招き入れたのは

どうしてかな?

 

 

 

本質に近づきたいから、

幸福で在りたいから、

真理に辿り着きたいから、

ただなんとなく惹かれたから、

きっと様々にあるでしょう。

 

 

 

そしてこの活動は

自身の心模様を眺めたり、

時に荒ぶることがあれば

それを鎮めるに導くなど、

きっと色々にあるでしょう。

 

 

 

そのいずれにしても、

自分自身の人生と

折り合いをつけるためや、

より幸せな日常を営むために

頼ればいいのだから、

 

 

 

特に云いたくないことは

云わなくたって良いのよ。

 

 

 

沈黙を保っていたって良いの。

 

 

 

説明って

相手に伝わるようにとか

相手に認められるようにとか

無意識のうちに

他者へと矢印が向かう。

 

 

 

時としてそれが

感情の抑揚に

制限をかけているように

映るのです。

 

 

 

時としてそれが

感情を感じ切ることの

障害となり

立ちはだかっているように

見えるのです。

 

 

 

あなたはあなたのまんまで

そこにただ佇み、

ありとあらゆる感情を

感じ切ることが許されています。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

子供のケンカが

わかりやすい例だけど。

 

 

 

エネルギーいっぱいに

泣いてわめいて

さんざんやり合う2人。

 

 

 

感情がスパークして

クライマックスを迎えたその後は…

どうなってますか?

 

 

 

そんなことはケロッと忘れて

数時間後にはまた一緒に

遊んでいたりするでしょう?

 

 

 

感情ってね、

感じ切ったら本当ーーーに

綺麗さっぱり消えるのよ。

 

 

 

感じることに

賢くなり過ぎなくていい。

 

 

 

わたしは、そう思います♡