ちゃんと働いてきたし、大きな後悔もない。
それでも、気づけば
人生の中心が会社になっている自分に、
少し戸惑ったこと、ありませんか。
私はあります。
このまま定年まで、
この業界の、
この道を進むのかと思うと、
ちょっと怖くなりました。
会社は安心。でも、それがすべて?
会社は、安心できる場所です。
役割があり、評価があり、
毎月きちんと報酬が入る。
社会の中での自分の立ち位置が明確で、
「ここにいていい」と思える土台でもあります。
けれど気づけば、人生の中心が会社になっていませんか。
平日の大半は仕事に使い、人間関係の多くも会社由来。
肩書きや部署名が、自分の説明書になっている。
それ自体が悪いわけではありません。
ただ、「会社=私のすべて」になってしまったとき、
どこかに小さな違和感が生まれるのかもしれません。
「三段階の人生」はもう古い?
東京都が発行している
「東京50↑(フィフティ・アップ)」という読本があります。
50歳〜64歳を対象に、
人生100年時代のライフデザインを考えるための一冊です。
仕事、趣味、学び、健康(フレイル予防)までを幅広く整理し、
巻末には「ライフ・プランニングノート」が付いていて、
将来像を具体的に描ける設計になっています。
そこで紹介されていたのが、
「教育→仕事→引退」という三段階モデルは、
もはや前提ではないという考え方でした。
これからの人生は、何度でも学び直し、
何度でも役割を持ち直せる。
そう考えると、
「会社だけが人生の軸でなくてもいい」という
視点が見えてきます。
肩書きでは語れない人生
先日、私が地域で続けている
「まちなか おしゃべりスタンド」という活動の場で、
キャリアの棚卸しワークを行いました。
20代から70代までの方が参加し、
それぞれのライフチャートを発表しました。
会社員として働き続けてきた人。
子育てや介護に時間を注いできた人。
定年後に新しい活動を始めた人。
話を聞いていると、共通して感じたことがあります。
どの方も、「会社の仕事」だけでは
語れない人生を持っていました。
ある参加者が
「会社ではこの役割だけど、ここでは違う自分でいられる」と
話してくれました。
肩書きの外にある自分を確認できること。
それは、「役割」ではなく
「存在」としての自分に戻る時間なのかもしれません。
居場所がひとつ増えるという安心
「東京50↑」でも触れられていましたが、
健康リスクを高めるのは、
一人暮らしそのものよりも「社会的孤立」だといいます。
つまり必要なのは、大きな成功や肩書きではなく、
つながりが途切れない状態です。
条件よりも大切なのは、
「ここにいてもいい」と思える感覚です。
誰かの期待に応える自分ではなく、
ただの自分でいられる空間。
それがひとつあるだけで、
人生の重心は少しだけ変わります。
会社以外にも自分の役割があり、
会社以外にも自分を知っている人がいる。
それは思っている以上に心強いことです。
役割をひとつにしないという選択
パラレルキャリアというと、
副業や起業を思い浮かべるかもしれません。
けれど本質は、収入源を増やすことよりも、
「役割をひとつにしないこと」なのではないかと私は思います。
会社員である前に、ひとりの人生を生きる女性として。
肩書きがなくなっても残るものは何か。
どんな場所なら、素の自分でいられるのか。
何かを始めなきゃ、と焦らなくていいんです。
でも、「会社以外の自分の居場所」を少しだけ意識してみる。
それは、未来の不安を減らすための一歩なのかもしれません。


