今日は、私が「国際交流の先生」
として授業を担当するときに
いちばん大切にしていることについて
書いてみたいと思います。
大家好!
福岡育ちの台湾人、ホンファです。
国際交流の授業で、私が本当に大切にしていること
私にとっても小中学校での
大好きな国際交流の授業は、実は・・・
60分の授業で、みんなが
全部理解してくれるとは思ってないです。
これは諦めではなくて、
むしろこの授業の“本質”に近い考えなんです。
なぜなのか?を書いていきますね。
国際交流の授業は「特別な1回」
国際交流の授業は学校によっては
1年に1回あるかないか。
そもそも実施していない学校もあるそうです。
つまり子どもたちにとっては
かなり特別な時間。
だからこそ私は、
この時間を任せていただく
責任を感じています。
できるだけ体験してほしい。
楽しいと思ってほしい。
「台湾と日本の違いに驚いてもらう」を
お伝えしたい、と思っています。
でも同時に思うんです。
この時間の価値は
“今わかること”だけじゃない って。
私は「教える人」以上にここを考えている
授業のその場で全部理解できなくてもいい。
でもいつか、
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17歳になったとき
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台湾に旅行に行ったとき
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クラスに外国の子が来たとき
-
近所に外国出身の人が引っ越してきたとき
そんな人生のどこかのタイミングで
「あ、そういえば台湾の先生が
こんなこと言ってたな」
「台湾ってルーローハン美味しいって
言ってたな」
「台湾ってお昼寝の習慣があるって聞いたな」
「名前が違うのって当たり前なんだよね」
そんなふうに思い出してくれたら
それでいい。
その“思い出す瞬間”のための
きっかけの種を蒔く先生が
私の大きな役割なんじゃないかなと
思っています。
小さい頃に知っているかどうかで、世界の見え方は変わる
これは本当に大きいことだと思っています。
小さい頃に
「日本に住んでいるのは日本人だけじゃない」
「文化が違うって、変じゃなくて“違い”なんだ」
と知っているかどうかで
大人になったときの偏見や
人への見方は、きっと変わってくる。
たとえそのきっかけが
たった1回の授業だったとしても。
そのチャンスを、私は毎回
いただいているんだと思うと
このお仕事の醍醐味だと感じるんですよね。
私自身の経験が、この思いにつながっている
私は福岡で育ちましたが、
「外国人としての気持ち」を
たくさん経験してきました。
からかわれたこともある。
アイデンティティを
分かってもらえないこともあった。
「みんなの普通」と違うことに
悩んだことも、何度もありました。
だからこそ思うんです。
子供達にとっても
知るきっかけがないと
想像もできないことがある。
その“出会い”をつくる役割を
私はさせてもらっているのかもしれないと。
私の原点になっている、ある言葉
実は私自身も、
子どもの頃に出会った「ある一言」が
今でも心に残っています。
小学生の頃、
本を紹介しに来た男性が言った言葉。
「本を読むとね、自分の人生は一回しか経験できないけど、
本を通して他の人生を疑似体験できるんだよ」
当時はそこまで深く考えていなかったけれど
大人になった今のほうが
ずっと心に響いています。
大人の言葉との出会いって
時間が経ってから意味を持つことがある。
だから私は思う。
今はピンとこなくてもいい。
でもいつか届けばいい。
国際的な人にならなくてもいい。ただ…
子どもたちが将来
国際的な仕事をしなくても
海外に行かなくても。
隣にいる誰かに対して
「違うけど、いいよね」って
思える人になってくれたら。
「そういえば台湾ってさ…」って
ちょっと思い出してくれたら。
その中の“いい出会いの一つ”として
私の授業が心のどこかに残っていたら
それだけで、私は本当に嬉しいです。
これが
国際交流の授業で私が
いちばん大切にしていること。
私は今日も、
知識を教える先生以上に
未来につながる種を蒔く人として
教室に立っています。
我們下次再見!





