昨日は仙台育英 VS. 慶応の決勝戦だったわけだけども、いろんな気づきがあった。


まづ決勝でこの両校が当たると決まってから、メディアはなんとこぞって慶応よりの、慶応に注目した取り上げ方をして裏で非難されていた。というのもなんとマスコミ、経済界には慶応OB.OGがめちゃくちゃ多いという。


いくら裏で声を出そうとも、それが番組で取り上げられることはない。なぜなら慶応関係者が番組を作ってるからだ。


わたしがその時思ったのは、メディアの取り上げ方でまわりを煽ることもできるし、冤罪を起こすことだってあるし、慶応出身の政治家を選挙で勝たせることも出来るんだということ。



試合中は慶応のOBやOGなど大人のマナー違反(アルプス席以外での立ち上がっての応援、守備中の応援禁止など)があって、それのせいで育英選手たちが圧倒されたり、守備が互いの声が聞こえなかったのではとかいろいろSNSで言われていましたが…とにかくあの大応援団(主に大人)が大声援をあげ、左右に揺れながら応援する姿に圧倒感や異常さ、恐怖を感じて気分が悪くなった人が多かったようです。そして、育英の選手たちは圧倒されてやりにくかった事でしょう、かわいそうだ、ということでした。



わたしも実際にテレビでその光景を見ていて、うわぁ…って感じでした。まさかここまでとは。(疑問に思ったのは、なんで慶応はあんなに席を確保出来たんだろう🤔ってこと)



ここでさらに気づきがありました。

なんでわたしは不快感を感じたんだろう?

なんで多くの人が不快感を感じたんだろう?



それは、何よりも自分自身があのコントロール不能になった集団に恐怖を感じたんですよね。

だから、わたしがそう感じたのだから選手も当然、圧力を感じただろうと。正直いって選手や監督がどう感じていたのかは、わかりません。


わたしがそう感じた。勢いづいて制御不能になった集団。良いも悪いも関係ない、ただただ相手を負かして優勝するのみ!これが集団心理なのだと。

それに恐怖を感じたひとが多かったのだな、と。



はじめの話とこの話は接点があります。

マスコミは国民を情報でコントロールできるということ。集団心理を利用して、この状態を作ることができる。日本が昔、戦争に突き進んだときのように。〝あの応援に正直引いた〟とか〝気分が悪くなって見ていられなかった〟という人たちは恐怖心を不快感として感じたのだと思います。



さて、慶応はいづれにしても強いチームでした。そして育英もまたよい経験ができました。


育英は昨年、東北の地に真紅の優勝旗を持ち帰るという長年の夢を叶えてくれました。それは多くの東北人の切なる願いでした。


しかし、慶応はさらに大きな夢を描きました。それは母校を107年ぶりに優勝に導くというもの以上、高校野球界の全体を見ているものだと知りました。


だとしたら、甲子園で優勝することは彼らにとっては通過点であり、ゴールではありません。


神様がいるなら、より全体を見てるに違いない。勝つのはそっちです。そして、そのために育英が必要だったのも確かです。


自主性を重んじ、多様性をかかげサラサラヘアーでプレイする。新しい世界を見せてくれた慶応も、須江監督を信頼し、まっすぐな瞳で監督を見つめ返し話を聴く育英の選手たちも、どちらも素晴らしい。




まぁ、わたしは仙台のひとなのでやっぱり仙台育英推しですけどね(笑)