自分のことを知れば知るほど、


「あぁ、あのとき無意識に発してた言葉はここにつながるんだなぁ」となる。



わたしの最大の不幸は〝今〟


尊敬できる、めざすべき師のような存在が不在だということ。


わたしには絶対に必要な存在。




自分のことを知っていくうちに、自分の命式には「ヒノエウマ」があることを知った。これはエネルギーがものすごく高い。ヒノエもウマも火性で真夏の太陽☀️ということ。

いろいろ調べていくとこの「ヒノエウマ」は打たれ強さがあり、しかも頭がキレる(らしい)



そこで重要な存在が「師」なのだ。



尊敬できて目指すべき存在に傲慢さをピシッと正してもらうくらいが最適で、そして人間的にも成長していくという。これには納得しかなくて。



そういう存在はたぶん昔は両親(特に父)が担っていた。わたしはお父さんの言葉や伝え方好きだったし、納得した。でも今となっては、わたしが父を追い越すくらいのヒノエウマをもってしまったのでそこのポジションが不在なのだ。わたしは「どうして父は昔のようにわたしに言葉をくれないんだろう🥺」と悲しくなったけど…しゃあない。だって、わたしのエネルギーの方が今つよいんだもの😔




また高校の時、お母さんが見つけてきた塾の先生がまさにそんな感じだった。それまでわたしはどこの塾に行っても成績が上がることはなかった。

ところがそこの先生(通称たこ坊主)はこれまでの優しい先生とはちがって、しょっちゅうこう言った。


「こんな問題も解けないようじゃ大学受験は諦めてください」


「もし受験で落ちたら、うちでトイレ掃除で雇ってあげますから」



だけど、その先生は何度も何度も繰り返し同じ事を教えてくれて、わたしの成績は上がった。

そして学校の先生も両親もたこ坊主でさえ(こら、そこは信用するやろ)想定してなかった学校に合格したのである。まさに「ビリギャル」




社会人になって一番最初に働いた会社の上司もまた、わたしにとっての大切な存在だった。

そのひとは全国の歴代店長の中でも最年少で店長になったひと。

わたしはある日、大切なクライアントを怒らせてしまった。貴金属の工業用製品を販売していたうちの会社。お客さんはしょっちゅう納期の前倒しをお願いしてきて。工場との板挟みになったアシスタントのわたしと何もしてくれない営業。わたしはそれをぶん投げたって言うか(笑)


それが店長に伝わった。先輩から平野店長がめっちゃ怒ってる、って聞いてわたしは土日生きた心地がしなかった。


お父さんに言ったら

「それがほんとのことなら素直に認めて謝りなさい」って感じのことを言われた。


わたしは腹をくくった。

月曜日、わたしは平野店長に呼ばれた。

店長はいきなり怒るでもなく、まづ冷静に事実確認をしてきた。しかし、その目は今にも噴火しそうな怒りで血走っていた。

わたしは「その通りです。申し訳ありませんでした」と言った。


平野店長の目から殺気が消えた。

言い訳や開き直りでもしたら、どうなっていたかわからない。わたしがすんなり非を認めたのは、本人も相当意外だったようだ。

そして、わたしを叱ることもなかった。


さらにスゴイのは、わたしをその担当から外さなかったことだ。


「次にもし同じようなことをして、顧客の不利益になるような対応をした場合には担当から外します」


と、向こうの担当に伝えた。わたしと営業は翌年、この会社から表彰されたのである。



一番最初に誰の下で働いたのか

どんなひとの影響を受けたのか

それはとても重要なことだと思ってる。なぜなら、その後もずっとその影響を受け続けるからだ。



彼が商談の席にあらわれると、それがいくら不利なものであってもガラッと雰囲気が変わった。そんなひとだった。







わたしの不幸

尊敬できる師の不在



「もっと自分より上で、もっといろんなことを教えてくれるひとがよかった」



わたしは確かにその時そうつぶやいた。

その理由がわかった。わたしは自分が求めてるものを本能的に知ってる。



そうじゃないとわたしは傲慢になっていき、成長も止まるのだ。



剋される相手がいる、というのは精神が鍛えられて次元が上昇するということ。飛行機✈️が追い風で高く上がるのと一緒なのだ。



自分を知るって楽しい。

早く見つけないと



わたしは月であり太陽でもある