いきなりなタイトル(笑)



昔、韓国に行ったとき。

若者が地下鉄Ⓜ️でお年寄りに席を譲るという光景を旅行中しょっちゅう見かけて友だちに言ったんだよね。

「韓国のひとはエライねー。若い人はみんなお年寄りに席をゆずるんだね😊」と。


そしたら、韓国人の友だちがこう言ったんだよね。


「怖いからだよ」



小さい頃からそう教育(儒教)されてるし、席を譲らないと怒られたりイヤな思いをするって言うんだよね。つまり、条件反射みたいなもの。やりたくてやってるわけじゃないと言う。


その話とこの話がなんの関係がある?って言われたらわたしもよーわからんけど(笑)




とにかく?




感謝って、やろうと思って出来ることじゃないと思うんだよね。


もちろん、先に感謝することで脳は〝感謝できること〟を探そうとするけど。


そーゆー強引な方法を使わないとできない感謝ではなくて、もっと、なんて言うか自然に湧き起こる感謝がいいなって思う。




わたしはほんと感謝しないひとなんだけど(爆)

感謝出来ないのは、自分が頑張りすぎてるからだよね。だって自分がいちばん頑張ってたら、他人に感謝なんか出来ない。むしろ、お前がわたしに感謝せえ!って感じ。そんな状態で感謝なんか探せない。



つまりね



あ、そー言うことか!



冒頭の韓国人🇰🇷のお話。

結局、ひとってほんとは席をゆずりたくない時でも心とは裏腹に席を譲ったりするわけ。小さい頃からの教育とかの条件反射で。〝怒られたくないから〟とハッキリ友だちが言ってる。



それと一緒で、感謝も〝感謝しなければいけない病〟を患ってる可能性があるわけ。でも、本心で感謝してないんだから出来るわけない。ウソつくんじゃねぇ!だよ(笑)



じゃあ、どーしたらイイのかと言ったら



自分が好きなことを、気分良くなることを好きなだけやらせたらイイと思う。飽きるまで。

まづは自分に許可を出すところから。好きなことだけやってイイよ✨って。それだけでも心に余白が生まれるから。



ほんとにそれを満足するまでやったら、絶対に感謝が自然発生して湧き上がる。思ってもない感謝の先にあるものと、湧き上がった感謝の先にあるものは雲泥の差になると思う。



感謝はやろうと思ってするもんじゃない。

湧き上がるものだ。