心理学ベースの

女性専門傾聴セラピスト

 

真野姫世美(まのきよみ)です♪

 
 
 
本日はエッセイ塾の課題です。
 
毎月課題図書からのエッセイ
800文字以内提出する。
というもの。
 
今回のお題
 
細谷功さん
 
「13歳から鍛える
 具体と抽象」
 

レビューはこちら♪

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今回の課題本はとても

読みやすかったです。

 

こちらの本からは

 

抽象が見えている人は

見えていない人がわかるが

 

具体の世界しか見えていない人は

抽象の世界が見えている人を

理解することはできない

(P.173~174)

 

のあたりのことから

 

思い込みに気づけるのか

そうでないのか

 

友人との会話のエピソード

エッセイを書きました。

 

エッセイはここから♪
 ↓ ↓ ↓
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【しまった!またやってしまった!】
 
「まのちゃんって、いつもそんな風に考えてるの?」
 
ちょっとムッとした表情でそう口にする友人。
 
しまった。またやってしまった。
 
ただただ愚痴を聴いて欲しかった友人に対して、よかれと思ってあれこれアドバイスしてしまった。
 
だって愚痴る時間が少なくなる方がよくない?
 
毎回同じようなこと言ってるし。
 
愚痴があるってことは思うようにいってないってことで。思うようにいかないのは、自分の中でのルールに沿わないことが発生しているってこと。愚痴は自分のルール、自分の思い込みに気づくチャンスなのに。
 
だからこそ友人にも、自分の思い込みに気づいもらいたい。
 
そしてなるべく楽しく過ごしてもらいたい。
 
そんな気持ちから、ついつい
 
それって実は本心ではこういう風に思ってるってことなんじゃない?」
 
等々、伝えてしまうのだった。
 
起きている現実は、自分の思い込みが関係しているのである。
 
平たく言えば、そうなっているのは自分のせい。ということだ。
 
でもそれって、ただ愚痴りたいだけの人には責められているようにも感じるだろうし、何より、愚痴を聞いて欲しいだけの人に解決策を伝えるのは早すぎるのだ。
 
どうやら自分の意見の押し付けだったみたい。
 
モヤるのはモヤるだけの理由があり、モヤり解決にはモヤり解決の流れがある。
 
どんなにわたしにとってはよい方法でも、受け取る方の準備ができていないときに伝えるのは無駄なのである。それはただの伝える方の自己満足だ。
 
愚痴りたい人が求めているのは、ただ聞いてくれること。自分の内にたまったものを吐き出したいのだ。吐き出してスッキリしたいだけなのだ。
 
吐き出してもらった後に、提案という形にすればよかったのかもしれない。
 
よかれと思ったことがお節介になってしまうこともある。
 
自分の「善」を押し付けないように気を付けねば。そう思った出来事でした。
 
==========
 
ここまで♪
 
なんだかんだでその後も
 
「それはこういう風に考えてみたらどう?」
 
「○○っていう思い込みがあるのかもね♪」
 
「そうなっているのは自分の思い込みが~・・・」
 
等々、伝えまくっていたら(しつこい 笑)
 
いつしか友人も
 
「ま、いっか♪」
 
な思考になっていきました。
 
仲良し特典です♡(何)
 
 

 

わたしがこれまでに書いた

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