こんばんは
昼間はまだ暑くて、何を着たら良いか困りますが
夜になると、油断したら風邪をひきそう…寒暖の差が激しいですね
今日、仕事帰りにお菓子を買いに寄り道しました
お菓子売り場に行くと
懐かしい飴がありました
『バターボール』
昔からある、オレンジ色の飴です
これ、うちのおじいちゃんが大好きで、いつもポケット一杯に持っていて、よく2つか3つづつ、ポケットから出してくれました
おじいちゃんは剣道六段、弓道七段…居合い、書道も段持ちで、高校の理数系の教師でした
とっても頑固で昔かたぎだったので
子どもの私は、ちょっと近寄りがたく
会話をした記憶があまりありません
耳が遠くなって、声が大きくなり、それが怒って話しているようにも見えてしまったのです
そんなおじいちゃんも、だんだん身体が弱りおばあちゃんと二人で暮らすのが危ないと両親が判断し
私は中学に上がったと同時に、家を建て直し、引っ越してきました
おじいちゃんは脳卒中で倒れてから入退院を繰り返し、介護が必要になりました
身体が思うように動かず、イライラしていましたが、病院は嫌がりました
入院していれば長く生きられる…でも本人は自宅にいたい…
両親は頭を抱えて悩んでいましたが、自宅で介護をしました
介護は大変で両親が倒れるのでは、と思うこともありましたが
父方の兄妹は、みんな首都圏にいます
「お父さんも都会に行こうかと思ったけど、みんな都会に行ったらじいちゃんとばあちゃんをみる人がおらんやろ?だから大分に残ったんや」
まさに、この為に両親は大分にいたのです
中学3年の時に、おじいちゃんは亡くなりました
老衰でした
あんなに剣道強かったおじいちゃん
人はこんなにも弱ってしまうものなんだ…介護を通して、中学の私は、大きなものと向き合う事になりました
初めはショックでした
でも、これは順番なんだと両親は言いました
自分たちがいるのは、おじいちゃん、おばあちゃんが一生懸命、家族を守り命をつないでくれたから
人が年をとって弱るのは当たり前の事
今までしてくれた事に感謝をして
最後までみてあげるのは、家族として当然の事
私は、時々お客さんとして帰省する父方の親戚があまり好きではありませんでした
なんでいつも、うちのお父さんとお母さんばっかり…長男でもないのに
でも、今は感謝しています
両親は本当に思いやりと感謝をもって、いつも優しく声をかけながらお世話をしていました
本来、家族はこうあるべきだと、両親が見をもって教えてくれたのだと思います
親戚も、きっと心配していたでしょうし、そばにいる事で、たくさん可愛がってもらいました
最後をみとる事もできました
そして
そう、バターボールもいっぱいもらいました
バターボールを見つけて、いろんな事を思い出してしまい
涙が出そうになりながら、レジにもっていきました
本当に久しぶりに食べた懐かしい味でした