長野に向かう新幹線のなか。
とっても美しい山を眺めています。
浅間山ー!!
私は小さな頃から、
感動しやすい子どもだった。
桜がはらはら散っていく風景や
空にうかぶ青い雲や
ただなんでもない、教室の窓から
眺める風景も
ただボーッと眺めながら
きれいだな、、、って
うっとりしてるのが好きだった
中学の時同じクラスの田中くんに、
窓閉めて見れないの?寒いよ!
って言われたりしてたなあー笑笑
大好き!って思ったら
すぐそれを表現するタイプだったから
高校の時にすごく好きな世界史の先生がいて
(恋愛じゃなく、歴史の美しさを情熱をかけて教えてくれる姿勢を尊敬してたし
先生の歴史の授業が大好きだった)
その先生の時だけ黒板ピッカピカにして
よく変わりもの扱いされてたなあー
好きな先輩にも(こっちは恋愛)
分かりやすく好き好きオーラ出してたから
モデルみたいに美人でモテモテの同級生に
「純子ってああいうことするから
ダメなんだよね」とか言われてた笑笑
大人になって、あんまり
そんなことばっかりしてると
変な人と思われたりドン引きされるし
やることに追われるようになって
ゆっくり景色を眺めたりもしなくなって
もともとあった感受性を
気づかないうちに閉じ込めるようになってた
でも気づき出したんだよね。
何にでも感動して
涙を流して
大好きをたくさん伝えて
それが私の豊かさだったのに
それが私のパッションだったのに!
自分で自分に、
それを許してあげなくなってた。
いますぐ目の前の美しい景色に感動して
ボーッと眺めることが
最高の豊かさだったのに
自分の魂が喜ぶことだったのに
そして、いつだって豊かさを選ぶことは
すぐできたのに
それをしないことを選んでたんだ。
豊かになりたいっていいながら
目の前の豊かさを
受け取らない選択をしてたんだ。
だからもう決めたの。
私はいつも感動するし、
大好きな人と大好きな物に囲まれるし
大好きってたくさん伝えるんだ。
結局豊かにしかなれなくて、
結局愛されるしかできないんだから。
自分のこの最高に豊かな人生
心から大好き!
ありがとう![]()
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