皆さま 辛い報告になりますが

桜が満開の2022年3月29日

『pumiy』こと

妻 富美は45年の生涯の幕を閉じました。


ブログの中で「夫ちゃん」と書かれていた私が代筆で

皆さまにご報告させていただきます。


経過抜粋)

●3月28日朝LINE 差し入れの依頼あり

ゼリー系ドリンク10個やヨーグルトなど。。

(2月22日の緊急入院以降、良好に向かい2度程退院日決定していたのですが、都度延期となり、、

差し入れ依頼の数量的に本人も長期戦になることを

視野にいれていた模様)


●3月28日夜 facetimeにてビデオ通話

ここ数日、声が出しづらそうでしたが、子供たちの顔を見たいと毎晩電話してくれました。


●3月29日昼 入院先の病院の先生から電話あり

容体急変の為、至急病院に来てほしいと。。

(確かに、娘のお弁当写真など朝送ったLINEが

既読になりませんでした)


義母とともに駆けつけ、久しぶりに対面しました。

意識は朦朧としていましたが、

握り返してくれる手の力は強かったです。

呼吸が苦しそうで、時折話す言葉は

聞き取れない(うわ言)ことも多かったですが

「ありがとう」

「あいしてる」と

何度も何度も言ってくれました。


先生に状況の説明を受けそして本人の様子を見て、

否が応にも厳しい現実を突きつけられました。


この苦しい姿を子供たちに見せるべきか悩み葛藤しましたが、

最期まで闘う母の姿を、そして何より本人が一番子供に会いたいと思っていること。

慌てて、子供たち二人を早退という形で迎えに行き面会させました。

幸い銀平はあまり理解していないのか、久しぶりにママ(寝てはいますが)に会えて

嬉しそうだった印象さえあります。一方娘は、まだあまり死ということがわからないまでも

大好きなママの苦しむ姿を見て、普段見せない表情で泣いておりました。

そんな中、子供用携帯からママ宛てに「ダイスキ」(注:『ダイ』を30個くらいつけてました)というメッセージを病室で送っていたことがわかりました。

であれば、直接ママに言えばよかったんじゃない?と聞いたところ、

『直接言うとママも返事しなくちゃって、無理して話しちゃうでしょ。だから。。』と。

優しい心の持ち主に育っています。


子供たちを一度ママ友(緊急入院の際にもお世話になった)に預け、

富美さんの父と弟の到着を待ちました。

夕方に駆け付けた二人のことを頑張って待っていたのでしょう。

二人のことも少しですが目を開けて見て、18時12分息を引き取りました。


その後のことは正直あまり覚えていません。

今でも悪い夢をみているような、、時が止まっている感じです。


諸々手続きなどあって、21時30分頃子供たちを迎えに行きました。

(預かってくれたママ友には事前に訃報は伝えませんでした)

帰りの道中、

娘が「ママあれから少しは良くなった?」と

聞いてきて、

そうか一縷の望みを抱いて待っていてくれたんだな、と胸が締め付けられる思いでした。

『ママ最期まで頑張ってくれたけど死んじゃったんだぁ』

「そうなんだぁ」

実感がわかないのか、私の前で無理をしているのか泣きませんでした。

『これからママは見えないかもしれないけど、いつも凜々花の傍で見守ってくれるよ。

今まで学校行ってる間は離れてたじゃない?でもこれからは学校行ってるときでも体操頑張ってるときでも必ずママが近くで応援してるよ。そしてパパは一生君を守り続ける、何があっても味方だよ。だからこれからも銀平、ママと四人で生きていこうね』と。

娘はそっと頷きました。


翌日まで義父、義母、義弟も家に泊まり娘と遊んでくれましたが、皆の前ではママのことには触れず、

私と二人きりになると

「どうして死んじゃったの?」

「癌って、どうなっちゃうの?」

と色々聞いてきます。

そしてやはり携帯メールでママに

「うちゅうでいちばんダイスキ」と

送ったそうです。


そんな中、宅配便で荷物が届きました。

富美さんから娘への洋服のプレゼントでした。

入院中しんどい時でも娘に似合う服を選んでいたんだなぁ、。

涙が止まりませんでした。

涙って枯れないものですね、、

油断しているとすぐに出てしまいます。


今はお別れ会の準備に追われバタバタしておりますが

先んじてブログにも代筆という形で報告しなければと思い、投稿させていただきました。

(初めての代理投稿ゆえ、きちんと表示されたりするか不安ではありますが)


本当にこのブログを通じて多くの読者の皆さまに温かいコメントをいただきそして情報発信すること、

本人の生きがいになっておりました。

家族である私も皆さまの励ましのコメントを読ませていただき本当に勇気をもらいました。

(おっちょこちょいな部分もあるpumiyさんの原稿、かなり変換ミス・誤植が散見し都度校正入れるのが

私と義母の仕事でもありました(笑))


本当に本当にありがとうございました。

とりとめのない文章になってしまいましたが、

一旦報告とさせていただきます。

(銀平のことも気にかけてくださっている方も多いと聞いておりますので銀平の成長期など、投稿したり、富美さんのお別れ会の様子なども紹介できればと思っています)

今後ともpumiyファミリーを温かく見守っていただけましたら幸いです。


※娘の名前はいままで伏せておりましたが、お腹にいるときに決めた富美さんの思い入れの強い名前であることもあり今回はそのまま紹介いたしました。


友人に教わったバースデーブック

(6歳時まで愛情たっぷりに色々と書いてます)



桜が大好きで毎年目黒川に見に行ってました

(昨日face bookの思い出にアップされた写真)





銀平です!





ご縁をいただいた読者の皆さま、
人生に彩りを添えてくださった全ての皆さまに感謝✨