いらない私に、死んでもらった話。 | ~ Night Rainbow Project ~

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“存在の祝福”を、あなたへ。

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代表、真実のブログ。

 

 

夏の土用。

 

 

“土用はどんより”

 

と、昔から言われる期間で、

 

 

 

季節の変わり目で身体も心も疲れが出やすいので、

 

少し休み休み過ごすと良い、とされている期間。

 

 

 

 

祭theONEが終わってすぐ、

 

夏の土用期間が始まった。

 

 

 

やりたいこと、始めたいこと

 

ワクワクする色んな構想が頭の中をよぎったけど、

 

 

 

『まずは1つ1つ、供養しよう』

 

 

 

そんな想いが沸き起こり、

 

土用期間は、

 

供養の期間として過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

私の中で、明らかに

 

【死んだ自分】がいて。

 

 

自分の内側に潜っては、

 

いらない自分を、葬り去った。

 

 

 

 

その“いらない自分”は、

 

私を守るために存在してくれていた。

 

 

 

“しっかりしなきゃ”

 

“強気でいなきゃ”

 

“怒られないようにしなきゃ”

 

“いつでも平気な顔していなきゃ”

 

“頼れる私でいなきゃ”

 

 

 

色んな感情が、幽霊のように現れては、

 

私は1つ1つに、お別れをした。

 

 

 

『マミなら、ちゃんとしてくれると思ったのに』

 

 

 

高校2年の時、

 

この言葉を言われるまで、

大好きだった担任の先生から言われた言葉。

 

 

 

提出するはずの書類を忘れた私に、

 

担任はそう言い放った。

 

 

 

私は心があまりにガラスで、

 

信頼し好意を抱いてる大人に

 

 

『ガッカリした』

 

 

と言われただけで、

 

心が砕けてしまうような人間だった。

 

 

 

 

今回、祭theONEでも、

 

同じような言葉を言われた。

 

 

『運営だったら、ちゃんとしてくれると思ったのに』

 

 

自分が好きだと思った、

 

素敵な子に、この言葉を言われた。

 

 

 

 

祭THEONEで、

 

私は、恐ろしいほどに色々な思い込みを捨てた。

 

 

 

八方美人で、

 

みんなに嫌われたくない、好かれていたい!と思っていた私を捨てた。

 

 

 

全ての人に対して、丁寧に言葉を紡いで

 

相手の感情を先回りして、メールを打つことをやめた。

 

 

 

私の中で、誠心誠意、

 

他人に尽くすことをやめた。

 

 

 

私はいつでも、

 

自分自身に誠心誠意尽くすことにした。

 

 

 

 

祭THEONEに関わって、

 

3日くらいでこの変化が起こった。

 

善人面した私が、死んだのだった。

 

 

 

 

善い人であろうとするのは、簡単だ。

 

 

気づかいの出来る、素晴らしい人で在ることは、

本当に、簡単だった。

 

 

 

『さすが、マミちゃん!』

 

 

そう言われることばかりしてきたし、

 

 

どんな行動をすれば、そんな言葉を言われるのかも

 

大体わかる。

 

 

 

 

 

 

そんな私の転換点は、

 

ファッションショーに関わり始めてすぐだった。

 

 

 

 

 

【自分を生きる】

 

 

そう、肚の底から決めた人たちは、

 

関わる全ての人に丁寧に対応なんて、しないと思った。

 

 

 

だから、ファッションショーに関わり出した最初の頃、

 

色んな人とやり取りをする中で

 

 

 

“関わる全ての人に丁寧に対応出来ている自分”

 

に対して、酔っていたように思う。

 

 

 

でも、数日経ち

 

自分の感覚が濁ったら、現実が如実に歪む経験をした。

 

 

 

『あ、この歪み、私の意識が創り出してる』

 

 

 

あまりに、意識と現実がリンクし過ぎてて

 

誤摩化しがきかないことを肌で学んだ。

 

 

 

 

自分の本心をしっかり掴む、という

 

一番大切なことに肚から気付いた途端、

 

 

“関わる全ての人に丁寧に対応出来ている自分”

 

 

が、自己陶酔という深い眠りの中での遊びだったことに

 

気がついた。

 

 

だから、そんな自分には

 

死んでもらったんだ。

 

 

 

 

 

そしたら、案の定

 

お試しのような出来事が目の前に現れた。

 

 

 

 

はじめは、この流れの全てを説明しようと思った。

 

好きな人だから、理解してもらいたかった。

 

 

 

でも、時間が経つにつれ

 

“全ての人に理解してもらいたい”

 

なんて、、、

 

 

なんて、不可能で無意味なものに執着していたんだろう、っと

 

気がついた。

 

 

 

 

私の真実は、

 

私がちゃんと知っててあげれば

 

それで、いいじゃないか!!!

 

 

 

私が、私を生きることが、

 

他人の理解や賞賛ありき、だったら

 

成り立たない。

 

 

 

 

私が、私を理解しよう。

 

私が、私を許そう。

 

 

 

それだけで、良かったんだ。

 

例え、誰に嫌われ疎まれようとも。

 

 

 

私が、私を好きでいられるなら、

 

それさえも、甘んじて受け入れよう。

 

 

 

・・・っとかいいつつ、

まだまだ嫌われることに、うわーーーん笑い泣きって悲しむ自分はいるけど。笑

 

 

 

 

 

色んなことの断捨離が終わり、

 

 

今日、富士山へ行って

 

全ての想いを天にあげてきます!神社キラキラ

 

 

 

 

さぁさぁ、

 

新しい《私》の始まりだ、、!!キラキラ虹チュー虹キラキラ