昨日、新聞に「週刊新潮」の広告が載っていて、その見出しの中に
『海老蔵は三度過ちを犯した!「小林麻央」の命を奪った忌わしき「民間療法」』
とあった。
多分、民間療法に潜む危険性を訴えたかったんだとは思うんだけど...正直、広告見ただけで嫌な気持ちに...。
私は母を癌で亡くしていて、麻央さんと海老蔵さんのブログの読者だから、余計にそう感じたのやも...だけど、活字として残る記事は、沢山の人の目に触れ、読んだ人それぞれの意識によって、また受け止め方も変わってゆく。
だからこそ、ニュースソースとなり得る記事を書く方には慎重になって欲しいと思います。
家族や大切な人を亡くして時、必ず遺された者に襲ってくる後悔。
「あの時、こうしてれば」
「あの時、こうしなければ」
そして、その時々は必死に頑張ってきた、やってかきたつもりでも、
「もっと何か出来たのでは」
と自分を責める、苦しい時間。
結果論ではなく、そうなるまでの心の葛藤や過程は当事者じゃなければ解らない。
報道の自由や権利、もちろん伝える事、発信してゆく事は大切だけど、自由には責任が、権利には義務が必然的に伴うことを自覚せず無責任に活字を残すメディアが増えてる気がする。
まだ、やっと1週間。
小さな子供が、子供なりに幼い心を痛めながら、そして、その子供達を想い、麻央さんに想いを馳せながら、大きな喪失感を抱え日々を過ごす家族を思い遣って欲しかった。
子供には理解出来ない内容の記事でも、周りの大人が読み、大人同士で話す会話を子供達は聞いている。
大人の間違った認識を子供が映し、原発避難児童がいじめにあったように...。
私が心配しても仕方ないんだろうけど、どうかあの記事が目に入りませんようにと祈るしかないんだよな~💦
あれだけ、しんどい時も、メディアに対して丁寧に、お願いの立場で対応されてきた方々にメディアも誠意で応えて欲しいと思う。