こんばんは~
吹田・関大前 「静心庵」・僧侶の淨華です
シリーズで書いています、仏教相談室です。
仏教にまつわる諸々の疑問を、近くに気軽に聞ける人がいない。
そんな時のお助けになればと思って、質問形式で書いて行きます。
仏事の決まり事などは、各宗派によって様々に違うものです。
ご自身の宗派に従って下さい。
あくまで、こちらに書かせて頂いているのは、浄土真宗の教えに基づいての事
となりますので必要なところだけ、読んで下さいね
さて今回の質問は・・・
本当にそんなことがあるのですか?
仏教は、古代インドでお釈迦様が真実に目覚めてブッダとなり、人々が目覚めるような
言葉で語りかけ、それが感動を持って受け止められることから始まりました。
その真理というのは、「縁起の法」であったと言われます。
「縁起」とはあらゆる存在や現象は、他と関係しながら成立するということです。
起こっている物事は、必ず原因があって、それが「縁」に触れた結果であり
また現象や存在は、お互いに関係し合って成り立っているということです。
それは、無数の因や縁によりますから、それ自身単独では成り立ちません。
常に変化し続けます。
予測しがたく、過去の因縁すべてを正しく知ることもできません。
私たちはすでにある関係の中に生まれ、関係の中で育てられてきました。
今も、時間的にも空間的にも、さまざまに関係しながら生きています。
しかし、縁(出遇い)を選ぶことは出来ません。
ですから、物事は思い通りには進みません。
ある意図を持って取り組んでも「こんなはずではなかった」となりがちです。
つまり、未来はどうなるか分からない部分を含んでいます。
逆に、起こったことの責任と言われても、努力不足と責めるだけでは
済まされないこともあるのです。
物事の先行きが見えないということは、人間に不安を与えます。
あるいは、起こった不都合について、さかのぼって思い当たる悪い原因を
探そうとする心も働きます。
本当のことは分からないのに、想像や世間の噂で、良くない(不吉な)ことを招くと
想像して、「縁起の悪い」ことや言葉が使われるようになってきました。
結婚式をはじめ、さまざまな場面で「縁起の悪い言葉」が忌み嫌われ、
それが拡大していったのです。
もちろん、未来がどうなるかは分からないので、何の心配もないということには
なりません。
また、発した言葉が暗示となって、引きずられることもあるでしょう。
あえて不安をあおることは、慎まなければなりませんが、
根拠のない言い伝えや風習に振り回されず、
自分でしっかりと真実を確かめながら進んでいくことが、大事です。
(※今回の質問に対する回答は、真宗大谷派善照寺住職の真城義麿さんの
ご回答をシェアさせて頂きました。)
皆さまの参考になれば、幸いです。
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