亡き母の誕生日の
今日7/22から、このブログで
お父さんの闘病生活
(小細胞肺ガン脳リンパ転移)と
一人っ子の私が
遠方で一人暮らしの父親をどう看ていったかを記録に残したいと思います
【この記録は、リアルタイムで書いていますが投稿は落ち着いてから投稿しているため題名の前に書いた日にちを入れています。ブログ投稿日と書いた日が一致していません。】
私のお母さんは、乳ガンを全摘してから17年経って胸膜に転移し、抗がん剤を何種類もしましたが、使えるものがなくなって、2016年9月に、2日ほど、病院で苦しんだあとモルヒネを増量してもらい、眠るように永眠しました。
私は、お母さんが乳ガンになった同じ年齢で、お母さんと同じ側の乳ガンになり全摘しました。抗がん剤が、辛すぎて2クールで、抗がん剤をやめたいと医者にお願いして、辞めてから5年経ちました。ありがたいことに、今のところ転移はありません。
母が亡くなって、もうすぐ4年です
これまで、車で片道6時間かかる遠方で
一人暮らしを頑張ってくれていたお父さんに
6月ぐらいから急に異変を感じるようになりました。
後からお父さんのマージャン仲間に聞くと
マージャンの計算ができないなど
4月ぐらいから異変は起きていて
様子がおかしいなと、うすうす周りは気づいていたみたいでした。
このブログでお父さんのことを書くのは
正直迷いました。まだ治療途中だし
世の中には、いろいろな意見もあり、立場が違うと考え方も違うし、何より、お父さんの許可をとれていない。
このブログをみている親戚や知人がいるので
私の心のゆらぎまで、書いたら
あの時の出来事だったら私のことだ!
とか誤解をされたりしないかな?
私のその時感じた心の声、口にはしていないことまで素直に書こうとおもっているので、
嫌な気持ちにさせるかもしれないな?
それでもブログを
書こうと思ったのは
お父さんとの時間を悔いの残らないように
素直な私で過ごしたいという気持ちと、
一人っ子特有の心細さを整理したかったから。
そして、悲しみに支配されず
私が周りの愛情に気づくためです。
一人っ子で、遠方のお父さんをみていくことは、介護の知識も地元の情報もない私には
とても大変なことです
私と同じように一人っ子で
遠方の高齢の親が一人暮らし
という方は
世の中にはたくさんいらっしゃると思います
ただ、私の周りにはいなかった
このコロナ禍での親の介護や看病で
私が、考えたことや悩んだこと
そして、その都度、これが最善と思って選択した一つ一つをそのままお父さんとの記録として
残しておこうと思いました
不安や悲しみのまま
不安定な精神状態で書いたものもあるし
もともと、文章を書くのは苦手なので
前後の文がおかしかったり
時系列がバラバラなところもあります。
勢いで書いて言葉足らずで
わかりにくい表現もあります。
これもリアルな私なので
そのまま残したいと思います。