神戸市中心部の電波塔群目的なのを足を延ばして、ラジオ関西の送信所へ行くことに。


基本、このブログテーマ、取材順+関連施設をまとめて、という感じで更新していますが、廃止が近い(5年ありますが)中波送信所は優先してアップしています。


淡路島へは橋開通で船便が壊滅しかけましたが、異業種の会社が運営を引き継ぎ、現在は明石〜岩屋の高速船航路が営業中。概ね1時間に1便、明石駅近くの船着き場から出ています。(大人一般550円)

対岸に行くだけで高速バスは少々面倒だったりするので、助かります。


島内移動は、島北部には循環バスが走っていて、時計回り・反時計回りがそれぞれ概ね1時間に1本来ます。

距離に関係なく一乗車大人一般500円ですが、一日券が1000円で、子ども・高齢者・障がい者は半額です。
「海が見える放送局」ってキャッチフレーズもありますが、送信所は…
小型船の港っぽい入江の海側にあります。埋立地と思われ、まさに“海の上の送信所”
…もう少し調べると、ここ、以前は淡路フェリーの桟橋になっていた様です。
中波放送の送信所としては数少ない自立式鉄塔で、その中でもこの様な矩形鉄塔は他に既出のKBS京都と、広島の中国放送だけ。

秋の空ですなぁ
輪っかを通っている細いワイヤーが、ラジオの送信アンテナ。
タワーが2本立っているのは、電波に指向性を持たせて、特定方向の地域により強い電波を届けるため。

真ん中に局舎…その上に立っているのは…
STL(スタジオ番組を送信所へ送る回線)ですね。
以前はタワー上部にパラボラが付いていた様ですが、今は無くなり、この薄型アンテナが使われている様です。
VHFの八木もありますね、予備回線でしょうか。

この局舎、非常用のスタジオにもなっている様です。
裏側から接近時、“もしかして、何か営業してる?”と思った洒落た建物でした。

背景には神戸淡路鳴門自動車道…
前は穏やかな瀬戸……大阪湾。

以前ラジオ関西の送信所は、島北端の岩屋にありましたが、明石海峡大橋の主塔や橋脚が障害になる為ここに移転。
ラジオ単営局で独立局のラジオ関西の送信所がこれだけ立派なタワーなのは、やっぱり本四公団(当時)からの補償だから、でしょうな。

その移転開局の2ヶ月後に震災が発生。
震源真上だった旧塔だったら倒壊していただろう(撤去済だった)と言われています。
※この前送信アンテナは、既出のラジオ大阪等と同じ支線式で、同じ様に2本立っていた。
発生直後、スタジオからの番組は一時途切れたものの、ここからの電波は切れず十数分間無音で流れていたそうです。

ちょっとゆっくりし過ぎ、バスを一本やり過ごす…
バス停の側の居酒屋がランチ営業をしていたので、そこで海鮮丼を頂く…旨いっ!
休日だったのもあってか、周回道路に面した小さい店ですが、何かに紹介されているのか順番待ちが出る繁盛ぶりでした。

別売りのあら汁も堪能して、バスの待ち時間は埋まりました。
まだ時間に余裕がありそうなので、久しぶりに江埼灯台へ…(昔は灯台巡りをしていた)
ちなみに、灯台前(灯台下)のバス停は廃止されていました。

灯台へは、海岸沿いの周回道路の真下の所から、真っ直ぐ一直線の階段があります。昔、灯台職員や家族が行き来した風情を感じます。
日本で最初期に出来たブラントン灯台の1つで、三角形の桟と、レンガ積みや石積み建てでは基部の半円形の建屋が特徴。
灯塔が低いこのタイプは少なく、他では元はこの形だった樫野埼灯台だけかと。
凸凹があるのは、地震の時に積石がズレたのを残しているため。
監視カメラの横にあるのは非常用の灯台
以前は、後方の敷地に官舎や鉄塔がありましたが、今は灯台だけで、官舎は四国民家博物館「四国村」に移築されました。淡路島は兵庫県ですが、歴史的に四国と縁が深いため。
1871年、明治四年の初点灯。初期建物現存では3番目の歴史を持ちます。
近代化産業遺産に登録。

バスの時間もあるので帰途につきます…

帰りの船…行きは臨時便で小型船でした(撮っとくんだった)
島を振り返る…白い灯台は目立ちます。
灯台って、昼間でも目印になるよう目立つ塗装がしてあります。
上の稜線に建つタワーは、明石海峡海上交通センター。
以前、瀬戸内海の島に数年間居たので、海面を間近に見て行く船は久しぶり…NTTのタワーが見えますな。
おまけ。
撮りに行きました。
また改めて登場させると思いますが、きょうび2つも大型パラボラ付けているのって珍しいかも?