『アメリカン・サイコ』

 

ちょっと猟奇的な…サイコなお話で怖いのかも…とドキドキしながら見たのですが、、

ラストを待ち受けていたのは…なんというか、虚無感ってところかなぁ。

 

主人公がね、そんな感じになったんだろうなぁって思ったんです。

 

物語としては…

 

主人公のベイトマンは誰もがうらやむほどのものを手にしておきながら(仕事も地位も容姿も恋人も)、

殺人衝動が抑えられない性分を持ち合わせているんです。

脳内でいくにんもの人間を殺しているうちに、それすらももはや抑えれらなくなり、、

現実で殺人を犯していく。

…それすらも歯止めがきかず、次々に殺人を繰り返していく。

 

 

ということで、

かなり残虐な殺人者のお話なのかな~と思ったら、、

ベイトマン自身が割と本当はまともな人間性をもちながら、でもその自分を持て余している、、

本当の自分になりたくて、でもどうしていいのかわからない人なのかなぁと思いました。

 

あくまで私の感想ですけど。

 

脳内で殺人をおかしているときでさえ、ベイトマンはスッキリしないというか…

そしてリアルで殺人に手をかけるときでさえ、暴力的な自分になるときと、冷静な自分になるときもあり、

…さらには、そんなふうに殺人を犯し続けている自分に対して救いようのない気持ちになっている。

 

だからこそ、

ベイトマンは自分を逮捕してほしい、と弁護士に殺人の顛末を打ち合えるのです。

 

けれど、傍から見たら、どう考えてもベイトマンがそんなことをする人間に思えない。

周囲の人から見たら、非の打ちどころのない完璧な人、清廉潔白な人…それがベイトマン。

 

…ラストは、、

ベイトマンが犯し続けた殺人は、、リアルに存在するのか否か…という点もクリアにならずに幕を閉じます。

映画を見た人がベイトマンをどうとらえるのか、それも含めてこのアメリカン・サイコという作品ができあがるのかなと思っています。

 

殺人鬼が事件を起こしまくる物語というよりは、、なんだか人間の本性、性質、気質、DNA…そんな風に自分の中ではとめようのない衝動に向き合う人間の話のような気がしました。。