とある記事で、

「理屈と感情を切り離す」ことが必要なこともある、というようなことが書かれていました。

 

理屈とは…物事の筋道、道理、論理

 

感情とは…物事に感じて起こる気持ち、ある対象に対する態度、価値づけ

 

辞書で調べると、そんな意味があるらしい。

 

 

自分にとっては大ごとで一大事なことでも、

相手にとってはまったくそんなことない、という出来事があったとする。

 

同じ物事が起こっているはずなのに、人によって感じること、価値観などが違うことがあって、その対応の違いさにビックリさせられることがある。

 

家族、夫婦、友人…などなど、近しい人の場合、感情がはいりすぎてしまって、自分と同じ感情にならないと「なんで?なんで?」と自分の感覚、感情の思い込みだけで相手の考えを受け入れることができなかったりする。

 

それをしているといつまでたっても、話が平行線。

相手が理解できない、相手に理解してもらえないことにイライラ、など負のエネルギーが増大してしまう。

 

そこで、

 

「理屈と感情を切り離す」

 

つまりは、相手を変えようとせず、自分自身がまずは理屈と感情を切り離して考えて、自分の中の思い込みをすて、相手の考えを理解する。

 

その上で、

自分が本当に望むことって何?

そして、互いにどこまでなら許容範囲なのか、考えをすり合わせていく

 

相手や自分の感情

(すき、嫌い、怒り、悲しみ)などはひとまず置いておいて。

客観的に今、自分はそういう感情なんだな、と見つめる。

 

そして、「理屈」

物事の筋道を決める。

互いの望んでいるゴールが別々なのだとしたら、

そのゴールを目指すのではなく、

これは?あれは?こっちは?

という違った方向性を考えてみる。

そこで互いがどこまで納得できるか。

 

 

かくいうわたしも、以前、この「理屈と感情の切り離し」に苦戦しました。。

しかし、相手を受け入れる、自分の感情はこうなんだ、と客観的にみる。

さらに、許容範囲がどこまでか、なにを本当に望むのか、ということを突き詰めたところ、

徐々に納得のいく答えが浮かび上がってきたし、

自分はそれでいい、という覚悟みたいなものも芽生えました。

さらに、

自分で決めて自分で納得したので、自分はこれでいいんだ!という自己肯定感、自信へもつながりました。

 

やはり、なにごとも、

最後は自分が決めたことが一番ですね。

 

苦しくて悲しくて、怒って、もうこんな感情を捨ててしまいたい!

物事の解決を放り投げてしまいたくなりますが、「理屈と感情を切り離す」ことで、見えてくる世界がきっとあります。

 

私も過去の経験から、そう実感しています!

 

そしてまた、今まさに「理屈と感情の切り離し」を実践中です(笑)

(またもやややこしい人間関係にハマってしまって~~泣)

 

しかし、

相手と対話を重ねてみると、徐々にですが、すり合わせの入口がみえてくるように思えるのです。

何事も学び。

自分自身の成長!ととらえて、この切り離し期間も楽しんでいこう。

そして新たな世界を迎えるのを楽しみしていこうかな、と今まさにそんなことを考えています。