私は、幼少期のころは目立つことが嫌いだし、自分に注目を浴びることも苦手で、

人前で発表とか、

授業中に手を挙げるとか、

とてもじゃないけど出来なかった。

 

(なんでやらないといけないんだろう…)という気持ちもあったし、

嫌だ、という気持ち、恥ずかしい、目立ちたくない、注目を浴びたくない、

…人からどう見られるのか、どういう風に思われるのか、

と、他人の目を非常に気にする子供でした。

 

もちろん、やらないといけない場面では、意を決して、心の中でドキドキしながら、

すんごく緊張しながら、発表とかしていました。

 

でも、、

いつからだろう…

人前で発表とか、手を挙げて発言するとか、

長い人生のうちでほんの数秒、まばたき程度のことなんじゃなかろうか…と思ったんですよね。

 

もっと細かくいうと、

今日一日のうちの、たった数分とか、

この授業の中での、ほんのちょっとの時間、、

 

そんな風に考えた時、

(ああ、本当はそんなに大したことないんじゃないだろうか…)

と思えたんです。

 

たった数分だったり、たった一時間だったり、、

今日という日の中のたった〇〇を、費やすだけ。

それが終わったら、あとは自分が心軽やかに過ごせるんだ。

たった〇〇、だけがんばれば!

そう思ったら、苦手な事でも、たった〇〇、と思えるように。

 

そう思えてから、苦手なことがあっても、

(人生のうちの~…、今日の一時間だけ、とか、今日の午前中だけ、とか)

その時間だけがんばれば、あとは気楽に過ごせるぞ、と自分に言い聞かせられるようになりました。

 

もちろん、人前での発表とかドキドキするし、苦手だし、緊張もする。

けど、(人生のうちのたった〇〇…と思えれば、あ、それだけなんだ。ほんのちょっとなんだ。)って思えるから。

 

そして、、

うちの娘たち、、二人も人前で話すのとか発表苦手です。。

一目を気にする、というよりは、やりたくないーって感じの、ただの面倒くさがりなだけなんですけど。

 

だから二人にも言います。

苦手な授業や発表がある日は、

「大丈夫大丈夫、今日一日のうちの、たった1時間って考えればいいんだよ。一日24時間のうちのたった1時間だけがんばれば、いいんだから」って。

 

二人はそれでも渋り顔ですけどね。

 

でも、、、ホント、、一日24時間のうちのたった1時間だけが嫌な事で、あとの23時間はそうじゃない、って思えれば、ほんと

たった〇〇、って思えてきませんか?!

 

 

この間、

同じ日に、私と長女、人前で発表しなければいけないことがあって(それぞれ別の場所で)。

長女はもちろん「やだー。行きたくない、めんどうくさい。やりたくない…」と朝から連発。

聞いたら、一分間の発表らしい。

「じゃあ、今日一日のうちのたった一分じゃん。もっといえば、授業一時間のうちのたった一分だよ」

といい、見送りました。

 

私の発表も、一時間のうちのほんの数分なので、今日一日の中のほんの数分、たったのそれっぽっち!

そう思いながら挑みました。

 

だいぶ場数を踏んで図太くなった私は、それなりにこなして終了♪

長女もやりきったようです♪

 

苦手なことも嫌なことも、リミットがある。

たった〇〇。

今日一日の中で考えたとしても、ほんの少しのこと。

仕事だって、一日のうちのたった8時間、さらにはその中で忙しいのはたった2時間、とかさ。

そんな風に思えたら、物事にメリハリが生まれるし、時間にも機敏になりそうですよね。