親から見れば、
(勉強していない)
(ちらかしっぱなし)
(朝起きてこない)
など、日々、出来ていないところに目が行きがち。。
私も、そう。
(あー…やってないな。できてないな。)
って、ゲームばかりしている子供たちの後ろ姿をみて、
あれもこれもそれも!!と、
口に出したい気持ちがいっぱいある!!
けど、言わない。
勉強も片付けも、早起きも、
親が言ったところで、本人の心に響かなければ意味がないと思っているから。
でも、ときたま…言った方がいいのかな。と、気持ちが揺れるときがある。
あんまりにもグータラな姿をして「ヤダ」「面倒くさい」ばかり連呼していると、、
ああ、やはり言うべきことは言った方が、親らしいのだろうか。と思ってしまう。
(きっと、良い家庭の親は、きちんとさせているんだろうな)
などなど、頭の中で、どこともつかない良い家庭の他人と比較して自分の不出来さに落ち込んでいたりしています。
でもね、
あれこれ指図して、言いたいことだけ言ってスッキリするのは私であって、
肝心のやらなくてはいけない子供たちの心がスッキリしないのであれば、
やはり、ただ単に「やりなさい!」と言うだけ無駄だろう…と思ってしまう。
うちは、
一日のゲームの時間は設定で決めているので、その時間を超えなければ、
朝であろうが夜であろうが、何時でも好きな時にやってOK
勉強も同じで、寝るまでの間、自分の好きな時間にやればOK
宿題とか自学とか、やるべきことと勉強時間をやっていればOK
朝起きるのも、学校に間に合うようにしていればOK
朝ごはんを食べたり、身支度整えたり、というのも自分のペースに任せてます。
私は本人が、これはやるべきなんだな、やらなきゃ、と自覚し自分で行動してくれないと、
本当の意味で、本人のためにならないと思っているので、
本当に、あんまり言わないんですよ。
自分の中で、生活の中の習慣にさせる、ということが一番なんだろうな、と思ってます。
「子どもなりの成長」と題しましたが、
その通りで、
うちの子供たちもそれなりに成長しておりまして、
「ヤダ」「面倒くさい!」と連呼して、勉強をしなかったり、ゲームばかりしている日もあれば、
さっさと宿題を済ませる日もあったり、
集中して、一気に片付けて週末を悠々自適に過ごしたり、
と、まぁ、それなりに自分で考えて過ごしていたりするわけです。
親としては、時々、大丈夫か!?ってくらい、趣味やゲームに没頭してなんにもしない子供を見て、
不安になったりするのですが、、
それでも子どもなりに日々考えて成長しているのなら、あれこれ言わなくてもいいのかなーと
言葉をぐぐ、っと飲み込んだりします。
…昨日ね、
長女に「音読しようよ」と言ったら、「ヤダ!!」と猛反発があったんですよ。
それで昨日は、やめたんですね。
そのまま、強行突破して、「やるよ!」とした場合、長女の心にかなりモヤモヤ、イライラが溜まるだろうなー。
そんなプンスカの娘相手に音読させても、ぜったい気持ちよく終わるはずがない。
しこりと怒りが残って、「もうやらない!!」ってなりそうな気がしたから。
そして今日、、
次女が長女に「昨日音読してないじゃん」って何気なくいったら、
「あ、そうだねー」と軽い返事。
私がすかさず
「じゃあ、今日やればいいじゃん」っていったら、
長女「うん」
と、なんともまー素直な返事!(昨日とは打って変わって…もはや昨日のこと覚えてないんじゃあ…)
ということで、今日はすんなり音読をして、スッキリ気持ちよく終えたのでした。
それに、、次女も
「あれ?今日って宿題した?」と私が、ふと何気に言ったら
「あ、忘れてたー!やるー!」と取り掛かる次女。
「お忘れしてもいいんだよ~」と私が言ったら、
「ヤダ!忘れないもん!」とさっさと取り掛かった次女でした。
言うタイミングかな。。
もし、子供に対して悶々としたものがあって、口に出したい、、と思ったら、
子どもなりに成長していることを考えてみよう、と改めて思った出来事でした。