私は宇宙飛行士を子供の頃に目指していました🌍口笛アップ

物心ついた頃から、宇宙に大変興味があり、
毎晩NHKでやる日の出日没の時報を必ず見て、その時間をブツブツ唱えて、翌日の太陽の動きを観察していました目
やたらと、太陽の位置が気になって仕方がなかったのです🌞

地球内や世界を行き来することには、全く興味は無かったのですが、無限大で、どこまでも自由で果てしない宇宙へ飛んで行きたかったのですDASH!

何年か前に訪れた旅行でのプラネタリウム

そこで、子供でもわかる宇宙に関する本を買ってもらい、絶対、大人になったら宇宙へ行くんだ!と決めていましたグッド!

しかし、塾などに行ったりはしましたが、理系があり得ないほど苦手で、宇宙飛行士は理系の大学や学部出身じゃないと採用試験を受けられないため、断念せざるを得ませんでした。

悔しかったけれども、何故だか、常に宇宙と繋がっている感覚は幼少期からあったので、当時スターシードという言葉は勿論知りませんでしたが、子供の頃からスターシードとして生きていたのかもしれません。


宇宙飛行士が駄目なら、次は産婦人科医になりたかったです👶ひらめき電球
常に、生命の神秘に触れていたかったのです。
赤ちゃんの誕生に立ち会う仕事、しかもその最高責任者である産婦人科医という立場で、見届けたかったからです。

産婦人科医は過酷な現場であり、しかも患者さんから訴えられることも多く大変だとは思いますが、それでもなりたかった。

しかし、やはり高校生の時も理系は相変わらず苦手で、医学部受験への解決ができませんでした。

以前の記事でも書きましたが、体育会系の部活に入っており、学年トップの常連に入っていないと、顧問から体罰を受けるので、勉強は徹夜で我武者羅に頑張っていましたがそれでも国公立の医学部受験は無理でした。

引きこもりは20代半ばからですが、おそらくその頃から暗雲が立ち込めていたように思います。
難関大学の文系には合格し、一流企業には就職できましたが、やはり宇宙飛行士と産婦人科医を断念した思いと、理系が全く出来なかった自責の念でとても苦しい気分を味わっていました💦

そして、企業に就職してからも、社会人編入医学部受験をしようと思い、専門の予備校で調べたりもしていました。

今さら後悔してもしょうがないですが、
体育会系の部活を途中で辞め、理系の大学入試のためだけに専念すればよかったと思っています。

その頃の私は生きづらさを抱えつつも、自分や人生そのものと向き合うことから避けていたので、自分が本当に生きていきたい道への覚悟を決めることが出来ませんでした。
ま、でも理系の人と話していると脳の構造自体が違うので、勉強だけではどうにもならない問題だったかもしれませんガーン

紆余曲折ありましたが、
引きこもりになり、否が応でも、自分と向き合わざるを得ない道を選んだのも、私の人生の流れだったのかな〜合格

ふと、そんなことを思い浮かべたホテルでの昼下がり☕️