波乱の10月を超えて

 

人知ではどうしようもないもののひとつに

『生老病死』があると言われていますが・・・

 

それを超えるものがあるとしたら・・・

 

 

 

私の兄が10月に亡くなりました。

 

3年くらい前に手術をしたのですが、その説明を聞いた時点で

『生きる』と言うことを深く考える状況でした。

 

なぜそこまで?という思いもありつつも、本人と同居していた父の考えを尊重しました。

 

そして、今年の夏に余命宣告をされました。

その時点で、一般的には静かな生活を送るところですが

 

兄は自分がいなくなった後の父親のことが心残りだったようでした。

若い頃から、今で言う毒親で、私も妹も関わりを少なくしていました。

そういう父親の世話をしてくれていた兄には感謝しかありません。

 

私や妹に負担がかからないような手続きを終わらせた数日後に

午前中には往診の医師やヘルパーさんとも言葉を交わし

夕方、緊急搬送をされたようです

 

そのことさえも、奇跡というか見事というか・・・なのですが

福岡に住んでいる私の娘が帰ることができ、

パートはしてないものの、週によってはすべての平日に予定のある私が

たまたま、その週は何も予定がなかったこと。

今日のマルシェ参加に負担がない日を選んでくれていて

夫も娘も義弟も一緒に見送ることができました。

 

十数年前に義父が亡くなった時も、娘が受験の祈願が終わった翌日で・・・

 

いろんな方が亡くなった時のことを聞くときに

『一番良いときに』とか

『みんなのことを思って』とか

そういうことをたびたび耳にします。

 

人知が及ばないけれど

すべてのことがそうではないけれど

もしかしたら

 

世界は自分が作っているのではと思ってしまいます。

 

そう考えたときに

自分で作れるものならば

どんな世界にしたいと思いますか

 

争いごとの多い世界、陰口にまみれた世界、人のしあわせをうらやむ世界

みんなか笑顔でいる世界。素晴らしいところを認め合う世界、誰かのしあわせを自分のことのように喜ぶ世界

 

もし

望まないところにいるのならば、まず、そこから抜け出す方法を見つけましょう

そして

自分がいたい世界を思い描いていたら・・・

 

いえ、望んでいないところから抜け出す

それを決心した時から世界は変わってきます

 

あきらめずに・・・

自分の世界を作っていきましょう。

 

兄が魂に戻ったことで、私が見つけたもののひとつがこのことです。

 

長文になりました。ありがとうございます。