昨日は朝からn感動の出来事がありました。

 
某放送局のホームレス支援施設について。
イベントに出かける前なので、集中してはなかったんだけど…
 
入所者が自室(借りてる部屋ね)に火をつけたらしいです。
え〜マジか〜って思ったんだけど、そこの創設者の女性は、許したそうです。火をつけた人がその心情に至るまでの事をしっているからでしょうか?
敬虔なクリスチャンだからでしょうか?
現在の管理者の男性は『自分は許せませんけどね』って、はにかんでおられました。
 
私は…マジで〜!っておもった。ほぼほぼの人が、こっち側だと思う。
 
でも、許すことが次の犯罪を防ぐことにもなる。かもしれない。
 
ただ、ただ、許された人は、自分を愛せるようになるかもしれない。人を信頼できるかもしれない。自分を省みて新しく生きようとするかもしれない。そんな事を思いました。
 
許すってことは、勝手にさせることではなく、深くその人と向き合うこと。さらに、その人自身が自分の神なる部分とむきあうこと。誰にも話せない事を…じぶんで折り合いをつけ前に進む事。
 
ゆりっちにも許せない人がいます。でも、その人の光を見ようとしているところです。
難しくなかったよ。その人にも笑顔を向ける相手がいる事がわかるから。誰でも、誰かや何かに対して、無条件で笑顔をむけるものがあるはずだから。その人が自分以外の人に笑顔を向けているのを見れば、私には必要がないけど、その人も愛の人だとわかるから。
 
人はひとりでは生きていけません。
手をとりあい、許し、受け入れることができるといいなと思います。
 
許せない人を嫌いになることで、その人を特別扱いしなくてもいいんです。許せない思いは豊かさを感じる時に必要ですか?豊かさを求めるならば、その思いを手放しましょう。
 
 
教会には、ステンドグラスや大きな絵が飾られています。いろんな像があります。
 
もし、ホームレス支援施設が教会と同じレベルやそれ以上のエネルギーがあれば、それが壁に現れても、不思議はないと思うのです。
 
長文をお読みいただきありがとうございます。
最後の3行が気になった方は、お問い合わせください( ^ω^ )