「国民会議」って? | ロンドンつれづれ

ロンドンつれづれ

気が向いた時に、面白いことがあったらつづっていく、なまけものブログです。
イギリス、スケートに興味のある方、お立ち寄りください。(記事中の写真の無断転載はご遠慮ください)

高市サン、国会があるのに、「国民会議」でいろんなことを決めようとしている?

 

わけが分かんないな…。国民が参加しているわけでもなく、国民を代表している少数野党との議論もなく、どこが国民? 自分の意見に賛同する人だけ入れての「国民会議」って?

 

そもそも、国の重要事項を決めたり、法案を成立させるのは、国会の仕事なのに、国会軽視の「国民会議」って、おかしいんじゃないか?  どんな法的根拠があって、勝手に「国民会議」なんてつくったのか?

 

「国民会議」なら、参加者を自分が選べるし、反対意見は出てこないし、答えにくい質問もでない。なんなら、テレビで公開もされないから恥をかかなくても済む…。そういうことか?

 

3月2日の国会で、参政党政調会長の豊田真由子氏が、切り込んだ。

 

私も「このハゲ~!」の豊田さんは好きではないし、ましてや参政党なんてヤバい政党だと思っているけど、高市サンの国民会議は「違憲」だというこの意見は正しいと思う。

 

 

 

白い服を着て質問に立つのが、豊田真由子氏。

 

ぜひ聞いてみてほしい。

 

 

 

ハゲ発言で政界を去って行った豊田氏だが、そしてよりにもよって参政党の議員として返り咲いた豊田氏だが、「国民会議」に対しての9年ぶりの国会質疑、その意見はしごくもっとも。

 

要点は以下に。

.....................

 

参政党の豊田真由子政調会長は2日の衆院予算委員会で、2年に限っての飲食料品の消費税率ゼロや給付付き税額控除を協議する「社会保障国民会議」について、「立法府でも行政府でもないところに、国家の重大ごとに関して政策の意思決定ができる合議体ができてしまう。何の法的根拠もなく、大きな違和感を覚えている」と述べ、強い疑問を示した。

 

参政党は共産党などとともに同会議への参加を求められておらず、神谷宗幣代表が強く反発している。先月末に行われた初回会合には、参加を呼びかけられた中道改革連合や国民民主党も参加を見合わせ、野党で参加したのはチームみらいだけだった。  

 

豊田氏は、現在の「国民会議」について「憲法が定める三権分立や、国会中心の立法の原則、国家統治の大原則に、抵触するのではないか。呼ばれなかったからすねて言っているのではなく、なんとなく最初からもやもやしていた」と指摘。「行政府でも立法府でもなく、何の法的根拠も持たない合議体で事実上の政策合意を形成し、それを前提に閣議決定し国会に提出するのは、三権分立や国会中心の日本の原則を空洞化させるものではないのか」と、異論を唱えた。  

 

その上で、「国民会議に参加した政党も国会で自由に意見を、と言うなら、そもそも最初から、国会には、多様な民意を反映した政党や無所属の方もいる。多様な意見が担保された国会で議論をすればいいだけではないか」と主張。「声がかからなかったからではなく、もし声がかかっても、与党にいたとしても、恐縮しながら総理に意見を申し上げたと思う」として、再考するよう求めた。  

 

これ対し、高市首相は「国民会議のような会議体に法的根拠があるものではないが、最近は各会派でさまざまな協議体をつくっている」などと述べながら、「給付と負担は大事な話であり、私は衆知を集めたい」と、「国民会議」設置の意義を訴えた。その上で、「私は、たくさんの方々の意見を伺いたいと思った。各党から、ご参加できる方や有識者の方にご意見をいただき、その上で政府として法案を国会に提出し、国会で十分ご審議いただく。最終的には国会がお決めいただく。最終的な意思決定は国会であることは、重々分かっています」と応じた。  

 

消費減税に反対するチームみらいが国民会議に参加していることに触れながら、「スマレジ」導入の必要性にも言及。高市首相は「日本は、もっとデジタルの力を強くしないといけないといけない。デジタル国家にしたいという思いもあり、チームみらいの安野(貴博・党首)さんには、デジタル化について知恵を貸してほしい。そういった意味で、知恵を集めたい」と主張。「国民会議」について「けして違憲ではない」として、豊田氏の指摘を否定した。

 

参政・豊田真由子氏「法的根拠なく大きな違和感」消費減税など協議の「国民会議」めぐり(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

 

.........................

 

この日本をもっとデジタル国家にというのも、パランティアなんかと会っていることを考えると怖い…。国民を危険にさらすようなことをするんじゃないか、と不安になるのだ…。国民の個人情報流出もだが、国家政策や防衛戦略まで海外企業のAIに決めさせるようなことにならないように、祈りたい。

 

.........................

 

2日の衆院予算委員会で「私、9年ぶりの国会質疑でございまして、大変緊張をいたしております」と切り出したのは参政党政調会長・豊田真由子。質問は消費税議論をする国民会議。参政党は自民党から参加を断られている。豊田は「国民会議」について「行政府でもなく立法府でもなく、何の法的根拠も持たない会議体において事実上の政策合意を形成し、それを前提に閣議決定して国会に(法案を)提出するのは、三権分立や国会重視といった日本の原則を実質上空洞化させるものではないか」と指摘した。

 

質問は極めて冷静な問いに始終し、「これは私どもが呼ばれなかったからって言っているわけではなく、これが本当に適切なものかということを入り口からちょっと考えていきたい」とし「立法府でもなく行政府でもないところに国家の重大事に関するほぼ政策の意思決定を事実上できるような合議体ができてしまう、そしてそれに何の法的根拠もないということに私は大きな違和感を覚える」。「国民会議に参加した政党も国会で自由に意見を、と言うなら、そもそも最初から国会には、多様な民意を反映した政党や無所属の方もいる。多様な意見が担保された国会で議論をすればいいだけではないか」と指摘。また「立法の担い手たる国会議員が行政過程に入り込むことに対して憲法原理上の大きな緊張がある」と堂々たる正論を述べた。

 

★最近の野党の質問は閣僚に対し「言える範囲でお答えいただきたい」と極めて低姿勢で、閣僚の答弁後には「ありがとうございます」と丁寧な審議をする。悪いとは言わないが、豊田のような質問は今後の同党や野党の攻め方の一例になるだろう。それに比べて閣僚たちの答弁のつまらなさは格別だった。

 

【政界地獄耳】参政党・豊田真由子の国会質疑が同党や野党の攻め方の一例に - 政界地獄耳 - 社会コラム : 日刊スポーツ

 

.............

 

そもそも高市氏始め、現在の自民党の政治家の中には、日本国憲法の意味や三権分立をしっかりと理解していないんじゃないかという人が多くなっている。あるいは理解していても無視しているのかもしれないが、議員である以上憲法を守る義務があることは明白。

 

日本国憲法は、日本における「最高法規」であり、全ての法律・命令・条約の中で最も上位に位置する法的規範と明記されている(98条1項)。憲法に反する法律や国務行為は効力を持たない。

 

天皇はじめ、国務大臣、国会議員、裁判官などの公務員には、この憲法を尊重・擁護する義務が課されているのだ。

 

そして憲法とは、「国家権力を縛り、権力者から国民を守るもの」である。

 

これが都合が悪いとなると、「憲法改正」を言い出す権力者がでてくるが、用心した方が良い…。

 

 

高市政権になって、民主主義が土台から揺らぐようなことを次々とやっているが、野党は自分たちの役割をしっかりと認識し、国会という場を死守しながら、権力が暴走しないようしっかりと監視し、少数派と言っても意見を述べるという正当な権利を駆使して欲しい。

 

国会という場は議論の場であり、仲良しグループがなれ合いで物事を決める場ではない。 与党、つまり権力者が己の力を過信して強権を発動し、国民不在の法案や政策を勝手に決めないか、しっかりと反対意見を言うべき場である。それが野党の仕事なのに、「反対ばかりしている」などという本末転倒なことをいう有権者は、おのれの首を絞めていることになる。

 

そういう有権者に後押しされて、今の政権の国家運営は、自民党の勝手が横行するようになっている。予算の決め方も、独裁的であり、ファシズムに近いと言っても良いだろう。これは民主主義の危機と言える。 

 

そうであるのに、社会の中に与党に反論する野党議員やメディアを誹謗中傷するような空気があれば、国はあっというまに悪い方向に落ちていくだろう。

 

 

 

 

こういう状況では、たとえ憲法の中に変えた方が良い部分があったとしても、今の高市政権の時に改憲をすることは危なすぎるということも、国民はしっかりと理解していた方が良いと思う。

 

日本が戦後やっと手に入れた民主主義に対する冒とくともいえる言動を次々と発する高市内閣は、大変に危うい。まわりに、その暴走を止めようとする人がいないことも怖い。

 

今回の豊田真由子氏のように、高市内閣の国家運営に対し理路整然と憲法や法を根拠にした反論をする野党議員は貴重だ。 豊田氏や参政党を応援するつもりは無いが、今回の発言に関しては、その通りだ、あっぱれと思ったのである。

 

そしてだらしないメディアは、権力の監視、批判的分析を国民に伝えるというジャーナリズムの基本を思い出し、もっとしっかりしなければますます「国民主権」や「基本的人権」は軽視され、言論の自由は制限されていくだろう。

 

一人一人が現状の危うさを認識し、用心をしていなければ、日本はあっというまにトランプのアメリカのようになっていくだろう…。そうなった時には、Too late, もう遅すぎるのである。