みなさん、こんにちは。
日本全国、お盆ですね。
我が家は3年前に、
父が亡くなっているので
お寺と実家にお参りと、
自宅の祭壇に
お花と、好きだったコーヒー、
甘いものなどをお供えしています。
ちなみに、ここが
父の
たかしのスペース。
たかし以外は全て
動物で囲まれています。
たかしも
動物が好きだったので
まっ、いいか。
猫達の写真は
全て預かりボラを
していた子が、
その後亡くなったり
縁があって忘れられない子の
写真を飾っています。
乳飲み子のボランティアは
ほぼ寝ないで
お世話をするので
おかあさんは
ある意味、
「まぶたの母」だと思っています。
忘れられない子がいます。
それこそ、まぶたの母になり
3時間ごとにミルクをあげて
育てた
黒猫のひーちゃん。
母猫が交通事故で死に、
道端で鳴いていた
兄弟3匹を
預かり大きくしましたが
その後、成猫になってから
FIPを発症、
おかあさんが最期を看取ることに
なりました。
育てた子を、数年たって
看取るのは
辛いことです。
ひーちゃんは、
最後の方は腹水に水がたまり
失禁もしていました。
FIPの進行は
見ている方も辛いです。
友人の
毎日のように来てくれて
ひーちゃんに、
話しかけてくれてました。
もうほとんど食べ物も
食べれない状態でしたが
亡くなる当日、
なんとロースハム半分を
おいしそうに食べて
逝きました。
もう8~9年も前のことですが
今でも忘れられません。
この祭壇には
もちろん
ひーちゃんの写真も飾っています。
忘れられないと言えば、
今も心にささくれの様に
「後悔の念」が
残っているのが。。。
我が家の可愛い娘。
セキセインコの
ちびちゃんです。
ちびちゃんは
6年前にガンで亡くなりました。
最後は、腫瘍が出来
かわいそうな姿に
なっていましたが
死ぬまで、先住のインコ
ぴなちゃんのことが
大好きで
ぴなちゃんに恋をしたまま
天国にいきました。
ちびちゃんを引き取ったのは
2007年。
発端は、友人の
「もぐちゃん、劣悪な熱帯魚屋に
今にも死にそうなインコがいるんだわ」
という言葉でした。
おかあさんはペットショップなる
場所が嫌いで
ほとんど足を運びません。
なにより、当時2才になったばかりの
ぴなちゃんがいたので
どうするつもりも
ありませんでした。
・・がしかし、
その店について唖然としました。
そこにはもう止まり木にも
止まれないほど
衰弱した毛の抜けた
子供のインコがいたのです。
あとで聞いたところによると
その店は悪名高く、
単価が安いから
インコを仕入れるも
少しでも弱そうで売り物に
ならない子は
まだ生きているのに
ゴミ箱に捨てるような所でした。
(ちびの一件があってから
管理センターと消費者センターに通報。
指導がなされましたが
今は閉店しています)
あまりにも、かわいそうな姿に
「私がレスキューします」と言うと
「それ、もうダメだよ、
明日あたり死ぬわ」と言い
おかあさんが、
「いや、ここで死なせたくないわ」と
言うと
その清水アキラに似た
おばさんに
「ハイ。2千円ね」と言われました。
地獄へ堕ちろと
念じたのは、言うまでも
ありません。
あまりに小さいので
ちびちゃんと名前を
つけましたが
家に連れて帰り
ここで、猫のボランティアを
していた
経験に救われました。
まだボラの経験は浅かったのですが
「外から連れて来た子は
どんな病気にかかっているか
わからないので
すぐに、一緒にしないこと。」
このことが頭にあったので
ぴなちゃんとは隔離して
その日を終え、
翌日、小鳥専門の病院に
連れていくと
羽が全て抜け落ちる
ウイルス性の難病
PBFDウイルスを発症しており
もって2~3日ということでした。
あのまま、しらずに
ぴなちゃんと会わせていたら
ぴなちゃんの命も
ありませんでした。
ダメもとで病院からもらった
インターフェロンの薬と
栄養剤をあげてみたところ、
奇跡的に、少しずつそれが
効いてきたようでした。
動物には人の心が
必ず通じます。
つらい思いも忘れない
かわりに
愛情も必ず伝わります。
ちびちゃんは、
だんだんと生への執着も
沸いてきたのか、
体重も増え始め
羽も生え始めて来ました。
それから、は、ちびちゃんを
死なせまいという思いと共に、
ぴなちゃんに絶対に
うつしてはいけないという
飼い主の責任による
見えないウイルスとの
壮絶な闘いが始まりました。
部屋に入る時は
真っ裸に、シャワーキャップと
レインコート。
スリッパのうしろまで
ビルコンで消毒。
ちびは、頑張ってくれました。
なんと1年後には
晴れて、「PBFD陰転」という
奇跡が。
さらに3カ月後、羽の様子を見て
治療をし、
レスキューして1年半後に
ようやく
ぴなちゃんと会わせることが
出来たのです。
それから、6年
ちびちゃんは
大好きなぴなちゃんと
毎日楽しそうに
暮らしていました。
ガンが発症しても、
ぴなちゃんに
くっついていたい気持ちが
あったのでしょう。
それが生きる原動力に
なっていたようです。
ケージに入れても、
ぴなちゃんの姿をが見えると
夢中でよじ登っていました。
ただ、この時期、おかあさんは
「ちびちゃんに生きてもらいたい」」あまり
心が鬼になっていたんだと
思います。
あんなに小さな体なのに、
1日おきに
水を抜きに病院に通って
いたのです。
抜いても抜いても
イタチごっこの様に
水がたまっていったので
心が折れる毎日でしたが
ちびちゃんに生きていて
もらいたかったのです。
闘病の末に亡くなりましたが
小さな体で
懸命に生きていたちびちゃんを
誇りに思います。
でも、今でも、
鬼の形相で水を抜きに
病院に通ったことが
ささくれのように
心に残っているのです。
余命1日と言われながらも
6年半生き
恋もして
愛情の中で旅立っていった
ちびちゃん。
何年たっても
忘れられない可愛い娘です。
今は大好きなぴなちゃんと
天国で
仲良くしてるかな。
おかあさんも、あと50年たったら
そっちに生くからね。。
(そこまで生きるのか)
天国でも、ぴなちゃんに
恋してるんだよ。
お盆はふたりで
かえってきてね。
毎日『一啓蒙・一羊毛』
8月14日(火)
今日の
一啓蒙・一羊毛は
「ノースマンが好きだった
亡き父への
近況報告
新しい家族と
新しい趣味」
もはや、啓蒙というより
単なる仏壇前での
つぶやきですが、
亡き父は、北海道のお菓子
ノースマンが大好きでした。
パイの中にあんこが
入っているのです。
ノースマンを食べながら
本を読んでました。
そんな父のために
羊毛でノースマンを作り
近況報告です。
もう、それぞれの家で
勝手にやってくれっていう
感じですね。(笑)
明日も
一啓蒙、
一羊毛がんばります・




















