ショパン・コンクールの審査員、ユリアンナ・アヴデーエワさんとクシシュトフ・ヤブウォンスキさんの記事、牛田くんに届くといいなあ・・・。でもきっと、もう届いていますよね・・・。
──日本のコンテスタントで印象に残った方はいますか?
牛田智大の2次の演奏はとても好きでした。特にピアノ・ソナタ第2番のことはよく覚えています。とてもノーブルで、楽譜に密接に寄り添っていることが感じられました。
私たちが従うべき指針は楽譜に書かれたことであり、フォルテと記されていたらフォルテで演奏しなければなりません。なんとなく良く聞こえるからといって、適当に判断し、妥協をしてはいけません。ショパンは自分の音楽をどう演奏してほしいかわかっていて、その意図に正確に楽譜を書きました。
トモハルの演奏は楽譜に非常に忠実で、特にソナタでは格調高さを感じました。音もノーブルで美しく、よく響いていました。ステージ上での姿勢も、誇張されたジェスチャーや表情、何かの真似事のような動きはなく、音楽に集中していることがわかります。ファイナリストに入るだろうと思っていたので、結果にとても驚きました。
でも、繰り返しになりますが、成功はいつも複数の要素の組み合わせであり、時には運も関係しています。ちょっとした1ポイントの違いなど、どんな要因が影響したのかわかりません。
──ちなみに日本のコンテスタントで印象に残っている人はいますか?
あぁ、私は牛田智大がファイナルに残らなかったことには、本当に驚きましたよ。ファイナリストの一覧が出たとき、私は当然彼が通っていると信じて疑っていなかったので、そこに名前がないことにしばらく気づきませんでした。少し経ってから、「ちょっと待てよ、ウシダの名前はあったよな?」と見返したら、驚くことにそこに名前がなかった。「一体何が起きたんだ…私にはあの演奏がすばらしかったことは明白だったのに、他の人にはそうではなかったのか?」と。
でももちろん私には、結果を変えることも、他の審査員の考えを変えることもできません。何もできないのです。
なんだかちょっと切なくなってくるのですが・・・。
わかる人にはわかるし、届く人には届いている。
努力してきたことは決して間違ってはいなかったし、審査員の中にこうした深い理解者がいらっしゃるということは、本当に誇りに思えることですよね。
結弦くんのスケートは、辛いことや悲しいことを乗り越える度に、ますます輝きを放ち、深さと美しさを増して、多くの人々の心に浸透し、時には観る者の人生を変えてしまうほどの存在となってきました。
皮肉なことですが・・・でも、真実だと思いますが、人が…特に芸術家として、表現者として生きることを選んだ人たちが、飛躍的に成長するのは、輝かしい成功体験では必ずしもなくて、むしろ、その逆ではないかと思います。
「艱難、汝を玉にす」とは昔の人はよく言ったもので、たとえば、フジ子・ヘミングさんのピアノの音が唯一無二の音だったのは、乗り越えてきたものがそれだけ多かったから・・・。
心に傷を負うから、他人の痛みがわかるし、皮肉にもそうした体験こそが、自分の創り出す「音」をより豊かに、美しく、輝かせてくれる・・・ただ、聴いて、楽しんで、終わりではなくて、聴く人の人生に寄り添うような、本物の芸術の力を宿した音を育ててくれる。
自分を信じて、自分の道を突き進むしかない・・・。
まだ若い、本物の芸術家に、これからも幸あれ。と祈らずにはいられません。
明日は朝から病院です・・・。
日に日に寒くなってきたようです。
それではまたいつかの更新まで、皆さまもどうぞ、お体にはお気をつけくださいね。

