『場所や空間全体を作品として観客に体験させる芸術としてのフィギュアスケート』 | ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

清冽な雪解けの水のようにほとばしる命の煌めき・・・
至高のアスリートにしてアーティスト、
羽生結弦選手を応援しています。

 

 

結弦くんのインタビューです。

 

 

プロローグが終わって改めて思いますけど、結弦くん、競技時代よりスケートも表現力もさらに進化していますよね。プロになってからもさらに厳しいトレーニングを自分に課してきたんだなというのは本当に驚異的なことです。何ですか?東京ドーム公演にケチをつける記事みたいなのが出たらしいですが、こうしたプロ転向後の厳しい鍛錬を続けている選手の並々ならぬ努力と向上心に対して、あまりにもリスペクトに欠けているんじゃないかと思いましたヨ。箱が小さ過ぎてファンが入りきらず、映画館のライブビューングが全国で実施されても涙をのんだファンがいたことを御存じないのでしょうね。知っていたなら単なるやっかみでしかありません。

 

需要があることはもとより、東京ドーム公演でファンがさらに楽しみにしているのは、新しい形のアイスショーが見られるということですよね。

 

東京ドーム公演は、『場所や空間全体を作品として観客に体験させる芸術としてのフィギュアスケート』という新たなジャンルが誕生する可能性を秘めた歴史的な公演になると思います。

 

私たちは結弦くんが大きく見えるか見えないかなんてことより、結弦くんと同じ空気を吸い、結弦くんが発するオーラに身を浸し、結弦くんが支配する空間に身を置くことで、自分たちの身体全体で結弦くんのフィギュアスケートから発せられる『GIFT』を受け止めたいと思っています。東京ドームのような巨大な空間なら、私たちがこれまで体験したことのないレベルでの異次元の体験が実現するはずです。

 

豆粒にしか見えないなんて・・・(;^_^A 芸術を目で見ることでしか評価できないのだとしたら、それは悲しいですね・・・。

 

結弦くんのフィギュアスケートって「見て終わり」じゃないんですよね・・・。私たち、結弦くんのフィギュアスケートももちろん見ていますけれど、それ以上に『目に見えない大切なもの』を受け取りにドームを目指すのです。

 

スポーツというジャンルでしか見ることができなければ、結弦くんのフィギュアスケートの凄さはわからないかもしれませんね・・・。 いや、思ったんですけど、サッカーだって相撲だって、陸上だって、体操だって・・・みんな豆粒みたいな大きさでしか見えないですよね。サッカー見に行って豆粒みたいって文句言ってる人なんていませんよね・・・。なんか豆粒みたいな発想だわ・・・。

 

結弦くんのフィギュアスケートって、結弦くんの発する特別なオーラに包まれて、観客は体全体で、心全体で、受け止めるものなんですよ。大きく見えるとか、小さく見えるなんて、関係ないんですよ。天井席だって感動するんですよ。空気に包まれることが大切なんです。

 

『場所や空間全体を作品として観客に体験させる芸術としてのフィギュアスケート』というものを、私は結弦くんの東京ドーム公演に期待しています。結弦くんにしかできないことなんです。

 

結弦くん、やっかみ記事なんて気にしなくていい。大きく見えるだの小さく見えるだの、そんなちっぽけなこと考えてファンは東京ドームを目指してなんかいません。全人類の0.0000000000001%のやっかみなんて気にする必要なし。それより、私たちファンの期待に耳を傾けてほしい。どんなに私たちが結弦くんを応援しているか、どんなに結弦くんを大切に思っているか・・・。

 

結弦くん、頑張ってね!!!

いつだって味方ですよ。どんな時だって応援していますよ。