オーラとカリスマ・・・。 | ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

清冽な雪解けの水のようにほとばしる命の煌めき・・・
至高のアスリートにしてアーティスト、
羽生結弦選手を応援しています。

言葉の使い方は難しい。文章なら世間に出す前に何度も調べたり推敲したりする余裕がある。しかし、会話の中で、となるとそうはいかない。

 

従ってその言葉の使い方にいささかでも不安を覚えるのであるならば、「他の言い回し」を探す方が無難かと思う。

現役の選手のことを子供の頃に「ナルシストだと思っていた」という元選手の発言を聞いた。多分、深い意味を持たせて使ったのではないだろう。ただ・・・

日本語におけるカタカナ用語は使い方が難しい。カタカナはそもそも本来の意味とは異なる形で日本語に定着してしまうことがある。

 

間違った解釈どころか、受け取る側それぞれの解釈によって、勝手に言葉が独り歩きする危険性もある。だから、どう表現したらよいか自信がない時は、あえて使わない方がよいのかもしれない。

子供の頃に無意識に使っていた言葉でも、大人になると事情が変わる。子供同士の冗談でも、不特定多数の人々がそれを見聞きする状況で使えば事情は異なる。

今、テレビでは元選手として活躍される人が増えているように思う。アスリートの住む遠い世界と、一般の人々が暮らす世界を結び付けてくれる存在として、メディアの世界でも需要があるのだろう。

ただ、同じ世界にいたから、とか、小さい頃から知り合いだったから、ということで、現役のアスリートたちについて、一般の人々が知り得ないことを彼らが正しく認識している、とは言えないのかもしれない。



ナルシストという言葉はギリシャ神話に由来する。美少年ナルキッソスが、ある日、水面に映る自らの姿に恋をしてしまった、という物語はあまりにも有名だ。


ナルシシズムという言葉はフロイトの心理学において初めて使われた。ギリシャ神話の話からもわかるように、本来の意味は自分自身に気づき、自分を愛するようになったという「自己愛」から来ている。

そこから転じて、ナルシストとは一般には「自分に酔いしれている人」、のような使い方をされているのかもしれない。

心理学を専門に学んだわけではないので私も大きなことは言えない。ただ、この言葉の由来に立ち返るとき、見えてくるのは水面に映った自分自身への「気づき」の瞬間なのだ。

この世における「自分」というものの存在に気づき、自分を愛するようになること。「愛する」とは、言い換えれば「大切にする」ことである。

仏教でも釈尊は、生まれてすぐに七歩歩いて「天上天下唯我独尊」と言われた、とされている。しかし、
この言葉は「この世の中で私が一番偉いのだ!」ということを言っているのではない。

 

 

他の誰かと比べて自分の方が貴いのだ、ということを言っているのではなく、「自分という存在は天上天下にただ一人であり、唯一無二の貴い命なのだ」という感動が表現されている。

 

自分を愛し、大切にすることを説いている、のだと思う。


自分を大切にすると何が生まれるか。それは、自分に対する自信だ。自信が生まれると世界はどう変わるのか。

 

 

まず、可能性という扉が開く。あらゆることにチャレンジしようという勇気が湧く。誰に何と言われようとも、目標に到達しよう、という揺るぎない力を手に入れることになる。


自分を大切にしている人は、他人と自分を比較しない。比較する対象は常に過去の自分と現在の自分だ。

 

だから、自分を大切にする人は他者をも大切にできる。自分を愛することは、自分を嫌うことより、自分に対しても他人に対してもはるかにメリットのあることなのだ。

 



鏡の中の自分を覗くことは勇気の要ることだ。ある意味、他人になった気持で鏡の中の自分を見つめ直し、どこをどうしたらより芸を深めていくことになるかを考える「自己分析」でもある。

アーティストという表現者は、徹底的に「自分の鏡」を通して自分の作品を見つめることを実践していると思う。

 

そこでは自分が「一番厳しい他人」とならざるを得ない。そうやって、他人なら遠慮して言う事もできないことを、自分で自分に向かって言い放ってはさらなる高みを目指しているのだと思う。

「俺を見ろ」というのは自分に酔っているのではない、「オーラ」であり、「カリスマ」である。それは自分という世界で最も厳しい鏡を通し、極限まで自分を磨き上げた自信から生み出される究極のエネルギーだ。

 



美術館に行って、数ある展示物の中から名画と呼ばれる作品を探し出すのは簡単だ。なぜなら、その絵が「俺を見ろ!」と言っているのだから。そこにはそれに惹きつけられた人々の輪が自然に生まれている。

ただ自分に酔っているだけならすたれていく。「俺を見ろ!」と言っても誰も見向きもしなくなるだろう。しかし、本物のオーラ、本物のカリスマは違う。

 



本物には「俺を見ろ!」と言われて思わずひれふしたくなる眩いエネルギーが宿っている。絵も、音楽も、フィギュアスケートの動画だってそうだ。時代を超えて、民族の壁を越えて、なおも多くの人々の心を惹きつけて離さない。


そこには想像を絶する苦悩の果てに彼らがたどり着いた、唯一無二の、命の輝きがある。

 

 

 

■ 高山真のよしなしごと(新)
2019-02-16
『羽生結弦は捧げていく』発売されました

https://makototakayama.hatenablog.com/entry/2019/02/16/190703
 

 

 

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