オリンピックとは何か・・・インタビュー書き起こし | ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

清冽な雪解けの水のようにほとばしる命の煌めき・・・
至高のアスリートにしてアーティスト、
羽生結弦選手を応援しています。

こちらのインタビューは初見でした(↓)。書き起こしましたので、じっくり結弦くんの言葉を味わってみたいと思います。


奥林匹克运动会 
昨天 13:31 来自 微博 weibo.com
【羽生结弦存货系列】今天带大家看2018年2月19日的羽生结弦采访视频 花样滑冰 奥林匹克运动会的微博视频
https://m.weibo.cn/status/4333414007999210?

 



「ソチオリンピックの時はまだ4年も若くて、割と一つの試合として、オリンピックが特別だという気持ちもあまり持たずに一生懸命頑張って勝ってきたな、という風に思っています。

フィギュアスケートの現役の選手はあまり選手生命が長い方ではなくて、自分も右足首の怪我をしていたり、スケートができるのかどうかわからないような状態の中でのオリンピックだったので、凄く大切にしようと思っていたし、もちろん、自分の小さい頃からの夢がオリンピックの連覇だったので、そういった意味でもすごく特別な感じはしました。

毎日、二時間ぐらいのトレーニングをして、トレーニングが終わってケアをしてもらって、そのあとに毎日ではないけれど、少し練習に不満があったりとか、疑問があったりとかしたときは、自分でビデオを何回も見直したりして研究したりとか、また陸上でのトレーニングをしたりしています。

本当はもっとレベルの高いことができたと思うんですけれども、怪我の影響もあってなかなか練習ができない日々が続いたために、自分の一番難しい内容で演技をすることができなかったです。ただ、今の自分の状態での最高の演技ができたと思っていますし、またその最高の演技ができた理由はやっぱり、今の自分を大切にできたからだと思っています。

僕がフィギュアスケートを始めたのは4歳からなんですけれども、僕自身は特に最初からフィギュアスケートに興味があった訳ではなくて、自分の4歳年上の姉がスケートを始めたので、それを追いかけて、一緒にやりたいと思って始めました。

すごく負けるのが嫌いで、今でも一位以外は全部負けだと思っているので、絶対に勝ちたいという気持ちがこうやってチャンピオンにしてくれたのかなと思っています。

僕のキャリアの中で、怪我とか病気とかによってスポーツが続けられない時期がすごく長かったので、すごく多かったので、だからそのできなかった時期だとか、そういう時に、例えば3か月間練習できなかった時に、3か月間練習できなかったからすべてがなくなる訳じゃなくて、今まで練習してきたことは別になくなってはいないんだよ、と言われたことはすごく自分の中で支えになったなと思っています。

 



フィギュアスケートは、もちろん、アイスダンス、ペアなどの二人一組でやる競技もありますが、僕の場合は一人でやる競技なので、割と一人の力が大事と思われがちなんですけれども、コーチ、家族を含めてたくさんの方々が支えてくれなきゃいけないスポーツの一つだと思っているので、そういった支えを大事にできるように、ということを伝えていきたいなと思います。

特に特別なことはしていないです。ただ、一番最初のオリンピックは、オリンピックってどんな試合だろうと思ってすごくワクワクして、ただがむしゃらに練習をしてきましたけれども、二回目のオリンピックはどちらかというと冷静に、オリンピックはこれだけ緊張する、オリンピックは本当に特別な舞台だ、ということをかみしめながら練習はしてきました。

夢と希望と平和かな。スポーツができるということは平和の証だと思うし、それを追いかけるためには夢が必要だし、そこまで行きつくためには希望とか、そういうものが常に一緒になくてはできないので、そういった意味でもオリンピックってやっぱりすごいな、って思うし、自分自身、オリンピックで金メダル獲れてよかったなと思える場所でもあります」

 

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ここ数年、若い選手がメキメキと力を発揮し成長を遂げる中で、結弦くんは怪我や病気という大きなハンデを背負って戦わなければならなかったという状況は本当にもどかしかったことだろうと思います。

もし怪我というハンデがなかったら平昌ではきっと最高難度の技で勝負をかけてきたに違いない結弦くんが、誰よりもそれを望みながらそれができなかったもどかしさ、というものは、オリンピックシーズン初戦のオータムクラシックの後に、難しいことに挑戦し続けることで自分は集中力を最大限に高めることができるのだ、と気づいた後から、ものすごい葛藤として常にあったのだろうと思うんですね。

 

でも、大事な舞台で勝つために絶対的に必要だったのは、難しいことができるということではなくて、心技体、すべてをコントロールする力だったのだろうと思います。

先日の大坂なおみ選手の試合を見ていても思いましたが、結弦くんはソチから平昌に至る道を通して、勝利するために絶対的に必要な「コントロール力」を学んだのだろうと思います。

どんなに練習を積んで難しい技ができるようになっても、どんなに体調が絶好調であったとしても、その時、精神状態を含めてすべてをコントロールする力がなければ、良い演技はできない訳です。

だから平昌は、すべてのバランスをコントロールできた選手が勝った。それが結弦くんだったのだろうと思います。


確かにオリンピック・イヤーでの怪我は大きな痛手だとその時は思われましたが、終わってみると、二連覇にどうしても必要だったすべてをコントロールする力は、荒療治ではあったかもしれませんが、こうした壁を乗り越える過程で身に着けることができたのかもしれないですね。

 

もちろん、怪我も病気もない方がいいですけれど、ある人にとってはそれは怪我だったり病気だったり、またある人にとっては御家族の事だったり仕事のことだったり・・・人それぞれかもしれないですが、問題はそうした事態が人生に起きた時、どう向き合ったかということですよね。

そういう意味で、結弦くんほど経験を積んだアスリートはそうそういなくて、氷の上に戻ってくる結弦くんはきっとさらに成長して戻ってきてくれるのだろうと私は確信しています。

結弦くんはインタビューの中でとても大切な事を伝えてくれていますよね。


「最高の演技ができた理由は今の自分を大切にできたから」
 

「今まで練習してきたことはなくならない」
 

「たくさんの人々の支えがあってできるスポーツだから、その支えを大事にしたい」

特に最後の「スポーツができることは平和の証」という一言には、被災地から世界へ羽ばたいていった結弦くんの率直な実感や、使命のようなものが感じられます。

「スポーツができることは【平和】の証で、それを追いかけるためには【夢】が必要で、そこまで行きつくためには【希望】というものが常に一緒になくてはできない」

結弦くんのファンでいられてよかったです。こんな言葉が聞けて、たくさんの感動をいただいて、どんなに辛いことがあっても、結弦くんという存在が人生にいるかいないかで、全然違いますよね???

結弦くんには本当に感謝しています。ありがとう、結弦くん。

 

■ フェルナンデス欧州7連覇で競技引退。フィギュア界に刻んだスペインの栄光。
1/29(火) NumberWeb

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190129-00833311-number-spo&p=1
 

■ お疲れ様、ハビエル・フェルナンデス! ゆづハビの友情は永遠にギャラリー
ハビエル・フェルナンデスと羽生結弦のほっこりショット40連発。

ELLE JAPON

https://www.elle.com/jp/culture/celebphotos/g26055030/javier-fernandez-eternal-friendship-with-yuzuru-hanyu-190128/

 

■ 氷の舞台支える音職人 フィギュアスケート音響技術者・重田克美さん
2019.1.29 10:15エンタメ 産経新聞

https://www.sankei.com/entertainments/news/190129/ent1901290001-n1.html

 

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