「羽生選手はそういう違いにすら応えてくれる」 | ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

清冽な雪解けの水のようにほとばしる命の煌めき・・・
至高のアスリートにしてアーティスト、
羽生結弦選手を応援しています。

結弦くんのスケートの優れた音楽性について、私たちがずっと感じていたものの専門的な説明ができず、もどかしく思っていた事実・・・。

 

ピアニストの清塚信也さんが結弦くんと実際にコラボされた演奏家として、はっきりと言葉にしてくださいました。 このありがたき幸せを、皆さんと分かち合いたいと思います(↓)。

 

 

ピアニスト・清塚信也が語る、綾野剛と羽生結弦の素晴らしい演技
2018年08月01日(水)
丹野みどりのよりどりっ! / エンタメ

https://radichubu.jp/topics_detail1/id=19557

 

 

結弦くんはもともと音ハメがすごい!とファンの間でも話題になっていたスケーターさんでしたが、思うに、ショパンの「バラード第1番」と「SEIMEI」という古典的な作品を究極の沸点まで厳しく突き詰め、平昌に持って行ったことが芸術家として開眼するきっかけになったことは間違いないのではないでしょうか。

五輪の選曲について、以前演じたプログラムであるということを話題にするメディアもありましたが、結弦くんはきっと、音楽や舞台といった他の芸術分野でも「古典」と呼ばれるものがあるのだから、フィギュアスケートを同じ芸術としてとらえるのなら、フィギュアスケートにだって「古典」と呼べるものを作り出したっていいのではないだろうか?という視野に立っていたのでしょう。

野村萬斎さんに「打てば響く」と絶賛された結弦くんは、萬斎さんに教わった「音をまとう」という表現をものにし、怪我で氷に乗れなかった期間は存分に「音」と向き合っていたのでしょうね。

ソロのピアノ曲として「バラード第1番」ではない「春よ、来い」を拝見して思ったのは、平昌に向けてあの二つのプログラムを突き詰めて表現し切ったことが、どれほど結弦くんの音の捉え方を深く進化させてきたのだろう、ということです。

「ファンタジー・オン・アイス」はアーティストの皆さんとスケーターの皆さんとのコラボが特色となったアイスショーです。舞踊や演劇が披露される通常の舞台と異なり、アーティストの皆さんから見てもアイスリンクは奥行きがあって、広いですよね。

清塚さんも当初は、


『生演奏は毎回同じ演奏をするのはハードだし、ちょっと演奏がズレるとジャンプのタイミングが狂うしで、演奏側もスケーター側もリスクをはらむイベントのため不安だった』
 

とのこと。

そのためスケーターのジャンプや演技を音楽で邪魔してはいけないという思いだったそうです。

ところが結弦くんは演奏する清塚さんのピアノからどんどん離れて遠くへ滑っていっても、清塚さんの演奏を「ちゃんと聴いてくれて滑っているのが分かった」ということですね。

萬斎さんが徹子の部屋で音楽への乗り方について、


『リズムをどこでとってわざと外すところがあるからリズム感ができ、すごく躍動的に見えるとか。そういう話もしましたね。流すところとリズムを刻むところ、そんな話をして非常に喜んでもらいましたね。』
 

ということを話されていたのですが、実は私、清塚さんとの演じる度に異なるコラボ「春よ、来い」の動画をスロー再生して何度も見返しました。萬斎さんのおっしゃっていることが、ことごとく納得、理解できるのです。

一方、清塚さんのお話では驚くべきことがもうひとつあります。そうお話してくださった清塚さんも遠くに離れていく結弦くんとは違う方向を向いてピアノを弾かれていた訳ですから、にもかかわらず結弦くんのひとつひとつの動作やジャンプがピアノの音とどう響き合うかを、感知していらしたということですね。

だからこそ、こんなことをおっしゃっているのでしょう。

「毎回僕らの演奏も少しずつタイミングが変わってきちゃうんですよね。更に言えば、音楽っていうのはセリフの言い方と一緒で、前後の流れで全然変わるんです。『フォルテ』の部分が『ピアノ』になったりもするんですよ。音楽はナマモノなんです。羽生選手はそういう違いにすら応えてくれる」

静岡の最終公演で「春よ、来い」の演奏時間が30秒も長くなったことは、清塚さんと結弦くんが作り上げた「コラボレーション」の醍醐味であり、究極の形であったという証ですね。

二人の優れたアーティストが出会い、一つの作品に命を吹き込んだ・・・。「春よ、来い」がまるでひとつの新たな別の命の誕生のように息をし、存在した氷上のあの特別な空間。今も幻のように思い出しては懐かしさで胸がいっぱいになっています。

最後に、清塚さんは「綾野剛さんや羽生結弦選手など様々な才能と触れ合うことで、自らの音楽活動にもフィードバックさせられている」と喜んでいらしたということですが、コラボしたアーティストの方に「自分のためにもなった」と言ってもらえる・・・これは結弦くんも嬉しいでしょうね。

あの日、目の前で海の泡のように消えてしまった結弦くんと清塚さんの「春よ、来い」。今もその美しい残像が脳裏に焼き付いて離れません。

もう一度、会いたいです。夢が叶ったら、拍手をしないで耳を澄まし、一音一音を感じたい。演技が終わるまで拍手をしたくない。演技の余韻すらひとつの音として大切にしたい・・・。

音楽を聴くようにスケートに耳を澄ます・・・。そんな新しい鑑賞の仕方があってもいい。そんな作品が結弦くんにはありますね・・・。