一昨日の記事の続きです(↓)。
『僕はオリンピックを知っている』と言った理由とは・・・。
https://hama-sush-jp.pro/poissonbleu/entry-12383536399.html
~「Heroes & Future 2018 in NAGNO」のプログラムより~
結弦くんのインタビュー(5月26日幕張)より一部ご紹介。
「いろんな気持ちをコントロールしなければいけない形になってしまったけれど、ある意味では平昌はあれが限界だったなというふうに思うんです。
あの時の身体の状態や精神状態、練習内容もそうなんですけど・・・。
ただもちろん、練習では4回転ループも跳べていました。僕自身も『ループを跳べないんならお前はオリンピックへ行くな!』というくらいのプレッシャーをかけて練習を何とかやってきていたので、それでも痛みもある中でも現地へ移動する前日には、何とか降りられるようになっていたんです。
でも、どうしてもそのくらいの確率ではプログラムに組み込めないというのがあって。だから本当に1回1回の公式練習からプランをどういうものにしようかと考えていましたし、それを自分の目だけではなく、周囲の目もいい意味で自分のために使うということもものすごく考えていました。
そういう点ではそれこそ、濃密だった4年間をうまく自分の中で情報として、知識として使えたのかな、とも思っています。」
平昌入りしてからの心境を語ってくれていますね。
『ループを跳べるようになる』ということが、自分に課したオリンピック行きの条件だったと・・・。ものすごいプレッシャーを自分に課しながら平昌への調整を続けていたのがわかりますが、驚くのは、ここまで強いプレッシャーを自分に課せば、それに自ら押しつぶされてオーバーワークになってしまったり、神経質になってまた身体に負担をかけてしまったり、ということが普通懸念されますが、結弦くんの場合は「思考」することで、突っ走りそうになる自分の心のバランスを取っていたということですよね。
「周囲の目もいい意味で自分のために使う」なんて、自分の置かれた状況を冷静に俯瞰していなければできないことですし、ソチ以降、本当に怪我や病気で大変だった訳ですが、それを乗り越えてきた経験をすべて「情報」「知識」として平昌で使った・・・というのですから、こうした部分が突っ走りそうになる情熱に歯止めをかけて、良い具合に心と身体のバランスが取れたのでしょうか。
金メダルって・・・、ましてや連覇の金メダルって、ただひたすら練習するだけでは獲れなかったものなんですね。とにかく、結弦くんの考え方って「転んでもただでは起きない」。
私たちも大いに学ぶところがありますね。
人生に失敗や不運はつきものですが、そこで得た「情報」や「知識」を次のチャンスに活かすことができれば、それはもう失敗でも不運でもなく、幸せを手にするために必要不可欠な一部であったと納得できる日が来るのかもしれません。
しかし、結弦くんのインタビューを読むと、現地入りした後も、一回一回の公式練習すらギリギリの調整をしていたことがわかります。そうした中で、上手に心と身体のバランスを取り、ピークを本番の大舞台に持って行くことに成功したのかなと思います。
結弦くんが優れているのは「考える力」ですね。
