フィギュアスケート・マガジン/山口さん、ありがとうございました!!! | ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

清冽な雪解けの水のようにほとばしる命の煌めき・・・
至高のアスリートにしてアーティスト、
羽生結弦選手を応援しています。

いきなりドキっとしました・・・。

 

羽生結弦ファン&読者の皆様へ。
マガジンは「文字テロ」をやめます。
2018-03-26
山口真一

http://www.bbm-japan.com/_ct/17155043

 

練習を終え、スタンドに向かってあいさつ。ファンの思いを背負って戦うという言葉は、まぎれもなく彼の本心から来たものだった 写真/毛受亮介(JMPA)

 

『本誌が誕生したのは2015年2月。正確にいうと制作準備が始まった前年12月がスタートだが、その後に人事異動などがあり、最後に残った編集部オリジナルメンバーが私だった。組織は常に動いているべきだし、私自身も新しいことにチャレンジする時期にいると感じていたこともあり、先の「平昌五輪男子特集号」をもって編集部を離れることになった。

フィギュアスケートに嫌気がさしたわけでも、社内で問題を起こしたわけでも(私の記憶では)ない。昨年8月のプレシーズン号の制作後に会社には伝えており、この春に氷上スポーツの社団法人を立ち上げる予定だ。』

 

フィギュアスケート・マガジンの山口さんの温かい記事は、平昌までの激動の道のりにおいて、結弦くんをひたすら応援してきた私たちにとって心の拠り所でもありましたよね。

 

山口さんは結弦くんだけではなく、結弦くんを応援するファンの私たちのことまで理解しようとなさってくださっていました。

 

その温かい心はペンを握る人のあるべき姿として、私たちの心に永遠に刻まれ行くことでしょう。

 

実は・・・「文字テロ」という言葉について、私はなるべく丁寧に感謝の気持ちも込めつつ山口さんにお手紙を書いたことがありました・・・。少し山口さんらしくない言葉のような気がして気になってしまって・・・。

 

読んでくださったかどうかはわかりません。「2年ほど前、ある記者が本誌を「文字テロ」と呼んだ。」と山口さんがおっしゃるように、元々は山口さんが使い始めた言葉ではありませんでした。

 

『中東など、いまだ多くの地域で紛争が絶えず、その被害者は一般の市民であり、子どもだ。「文字テロ」という表現を面白がってくれる人もいたが、一方で、その言葉を苦々しく感じていた人もいただろう。何度もいうように、フィギュアスケートのファンの多くは女性であり、母親だ。爆弾が落ちた街で途方に暮れる人々、特に子どもの姿を映し出すニュース映像に、1人の母親として心痛めた人は少なくないはずだ。

もちろん「文字テロ」には人を傷つける意図は1%もなかったが、不快に思う読者の方がいる可能性がある以上、今後、そうした表現は慎みたい。』

 

読み手の気持ちや背景に心を寄せることができる書き手は本物だと思います。

 

『そうなのかなあ…と思わせる記事にも出合った。羽生ファンは彼の応援のために数百万の金を使うのも意に介さないという内容だったが、本誌に携わってきたこの3年、私が見て、感じてきたファンの人たちの印象とは正反対だった。確かに世界のどこに行っても多くのファンの人がいたし、中には金銭的に不自由のない人もいるだろう。しかし実際には、節約や工夫を重ねた末に自由になるお金をつくり、家族や勤め先に迷惑がかからないように最大限の努力をして、やっとの思いで観戦に行っている人が大半ではないだろうか。』

 

こんなことを書いてくださったのは、山口さんだけではないですか?

 

確かに・・・結弦くんのすべての試合やすべてのショーに足を運ばれている方もいらっしゃるかもしれません。毎回転売サイトで高額なチケットを購入される方もいらっしゃるかもしれません・・・。

 

でも、結弦くんのファンのほとんどの方が、山口さんのおっしゃるような環境でいろいろなやりくりをしながら、あるいは、それすらできないでいても、それでも結弦くんをひたすら応援してきました。

 

そんなファンの皆さんの心に寄り添ってくださった記事だからこそ、フィギュアスケート・マガジンを私たちは買い続けてきたのです。

 

『彼自身、大きな不安があったはずだ。しかし、不安に怯えるよりも、今、この瞬間に自分がすべきこと、できることを精一杯やる。リンクサイドで見ていて感じたのは、焦りや不安と闘いながら一歩ずつ進んでいく、羽生の人間としての強さだった。』

 

私たちファン以外にも、結弦くんのすぐ近くでこんな風に温かく見守ってくださる方々がいらして、結弦くんは大きな愛に守られて、五輪を戦い抜いたんですね。

 

『「五輪特集号」の中で書いたように、羽生はこれから、自分を育ててくれた人のために滑っていくだろう――という思いは、1カ月以上が経過した今も変わっていない。』

 

結弦くんは平昌できっと、とうとう壁の先の景色を見たのかもしれませんね。

 

結弦くんがこれから思い描く挑戦は、平昌までのものとはまた違ったものになるのかもしれません。

 

山口さんもフィギュアスケートの世界から離れてもきっと、結弦くんを遠くから応援し続けてくださるに違いありません。

 

いつかどこかで、山口さんが結弦くんと言葉を交わせる日が来るといいですね。

 

私たちにとっては山口さんは恩人のような方なので、とても寂しい気持ちですが、山口さんも新たな挑戦をされるのですね。今後の御活躍を心からお祈り申し上げます。

 

https://tokyo2020.org/jp/special/pyeongchang-to-tokyo/

 

山口さん、お疲れさまでした。

温かい記事の数々を本当にありがとうございました。

どうぞお体にはお気をつけください。

 

そしてまたいつの日か、羽生結弦の思い出について語ってくださる・・・そんな日が来てくれたらいいなと思っています。

 

 

まだ少し在庫がある過去本があるみたいです。