4年前、ソチオリンピックの金メダリストになった結弦くんに向けられた、タラソワさんの言葉です。
「率直に言って、メダルを誰にも与えるべきではない。私の記憶では、こんなに転んだ五輪チャンピオンはいない」* タチアナ・タラソワ氏
平昌五輪がもう間もなく終わります。
フリーのSEIMEIのラスト・ジャンプ、ルッツをものすごい体勢でこらえた結弦くんを見たとき、ソチオリンピックの時のタラソワさんの言葉がふと蘇りました。
『国営ロシア通信は「日本の神。フィギュアスケーター羽生が金」と報道。かつて浅田真央さんを指導したタチアナ・タラソワ氏はロシアのテレビ生中継で解説し、羽生選手がジャンプの着地で転倒せずに持ちこたえるたびに「立て」と声を送り、演技を終えると「1位だ。美しい」と称賛した。』
http://www.sanspo.com/pyeongchang2018/news/20180217/pye18021718280072-n1.html
2018.2.17 18:28 サンスポ
フリー終了後、インタビューを受ける結弦くんを遠くで待つタラソワさん。
それに気づいた結弦くんは、タラソワさんに駆け寄ります。
結弦くんを抱きしめて、その背中をパコパコ叩くタラソワさん・・・。
結弦くんは、転びませんでした。
何が何でも、立ったのです。
この4年間の『成長』というものを、このような形で見せてくれた結弦くん。
タラソワさんは結弦くんの直接のコーチではありません。
でも・・・
ずっと、ずっと、結弦くんの成長を見守ってきてくださいました。
どれほどこの日を待っていらしたことでしょう。
平昌で成長した結弦くんを力いっぱい抱きしめるこの日を・・・。
よかったね、結弦くん。
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「日本人に出会って、私は変わった」|タラソワが考える“勝負強さの条件”
From Perviy Kanal (RUSSIA) ロシア第1チャンネル(ロシア)
2018.2.15
https://courrier.jp/news/archives/112476/
タチアナ・タラソワ Tatyana Tarasova
1947年ロシア生まれ。19歳からフィギュアスケートのコーチ、振り付けを手がける。教え子が獲得した五輪金メダルは10個に上り、「金メダルメーカー」の異名を持つ
Photo: Steve Russell / Toronto Star / Getty Images
”「勝つことがすべてではない。勝つことが唯一絶対なのだ」と言った人がいますが、まったく同感です。私の辞書に、「2位」という言葉は存在しません。”
タチアナ・タラソワ氏
金メダルだけを目指してきた結弦くん。
銀でも、銅でもなく、目指すのは金メダルだけ・・・。
その思いは、五輪を目指すアスリートなら誰しもが抱く当然の目標だと思います。
銀メダルだって、銅メダルだって誇らしい。
でも、銀メダリストも銅メダリストも、皆、金メダルを目指して戦ってきた。メダルを獲ることができなかったすべての選手たちも、皆、自分の限界を超えようと努力を重ねてきた。
最初から「ただオリンピックに出られればいい」という思いだけで、平昌に向かった選手はきっとひとりもいないはず。
「金メダル以外はメダルじゃない。絶対に金メダルを獲るんだ!」という強い思い。
金メダルはすべてのアスリートにとって、『限界』の象徴のようなものでしょう。
金メダルを目指した銀メダルだからこそ、金メダルを目指した銅メダルだからこそ、戦い終わって誇らしいと言えるんじゃないかな。
限界を目指し、戦ってきたからこそ、その先を目指して努力を続けてきたからこそ、どんな結果であれ、すべての選手が誇らしい・・・。
選手時代のタラソワさんの動画だそうです。
ソチオリンピックで金メダリストとなった結弦くんは19歳でした。
あの時の金メダルと、平昌の金メダルはまったく違うもの。
戦い終えたあなたは氷の上で、
「勝ったァ!!!」と叫んでいました。
誰に?
そう、『自分に勝った』 瞬間だったのですね。
あの時、結弦くんは自分に勝ったのです。
笑顔がいっぱいの平昌五輪。
結弦くんの幸せを自分の幸せのように願ってきた世界中の人々を、
その数えきれないほど多くの人々を、
結弦くん、あなたは・・・
途方もない自らの努力で、そのスケート人生のすべてを賭けて、
幸せにしてくれました。
ありがとう。
出典:
*タス通信
http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2014/skate/20140215-OYT1T00702.htm
「こんなに転んだチャンピオンいない…辛口批評も」(2014年2月16日読売新聞)



