正解を求める生き方はそんなに楽なのか?
以前自分の頭で考えることの重要について書きました。
でも怒涛のように過ぎる毎日の中で、「あ、自分の頭で考えていないや」と思った体験が2つほどあったので書かせてもらいます。
一つはブログ内でとあるパワーブロガーの方が「日記記事は書くな。誰がお前の今日食べたものに興味を持ってくれるんだ」と書いてはるのを読み、「ああ、そうだよな。日記記事は書いちゃだめなんだ」と感じている自分。
この論争についてはがけっぷち女社長こと青山さんの記事がとても分かりやすいです。
一つは関東では著名なある方の出版セミナー大阪講演でのこと。
「ブランディングは必要ですよ。本はそのために最適ですよ。全国の本屋にあなたの出張所を置きませんか?でも一人で出版出来る可能性は0.2%しかありません。僕が口をきいて上げましょう。52万でどうですか?」と言うのを聞いて「やっぱりお金かよ」とずっと腑に落ちてなかったのですが、偶然同じセミナーを受けた方と出会う機会があり、その中で「なんかあの講師の話って分かるけど、腑に落ちないよね」と自分と同じ感想を聞け、何かを話した訳ではないのですが、話す中ですっきりした体験。
いずれも自分が長いものには巻かれろ的な「多くの人の正解」を求めていたなと感じました。
多くの方にとっての正解には価値があると思うんです。
少なくとも外れではないから。
自分で考えたことではないし、傷つく可能性が少ないから。
自分で考え、行動して、もしそれが違ったら間違いなく人は傷つきます。傷つかないフリは出来ますが。
私が考える大事なことは最初からある正解に乗る一方で、自分でも試行錯誤してみること。
基本的なところ見落としていました。
横レス歓迎同盟も落ち着いてきたので、まずは自分の記事をしっかり書くという足元固めをまずはしていきます。
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