東京北区・北トピア つつじホールで
ラテンショーを踊った。
今年最初の舞台。
音楽は「最後のモヒカン」。
まだセンターに立つ前に音楽が流れ始めた。
本来はポーズを整え、音と同時に照明が上がるはずだった。
少しだけ、完璧な形では始められなかったことが心残り。
舞台右前方には会議用の演台。
本来9メートルあった空間は一部制限された。
振付に入れていたハーフリフトは、ちょうどその方向。
尖った角が視界に入った瞬間、止まった。
無理はしなかった。
舞台とは、
すべてをやり切ることではなく、
変化の中でリズムを守ることだと思っている。
この曲が好きだ。
広がりと悲壮感。
本来はもっと空間と呼吸と時間を必要とする音楽。
衣装は自作。
メイクがケイヤ先生のパートナーさんに頼んだ。
限られた自分のダンス言語でケイヤ先生や航先生の力を借りて振り付けしたよ。
副歌が押し寄せる瞬間、
自分が開いていくのをはっきり感じる。
誇張ではない。
音楽の中で身体がゆっくり開く。
重心が沈み、
呼吸が伸び、
ラインが遠くへ伸びていく。
そのとき、舞台の大きさは関係ない。
条件は変わる。
空間は制限される。
でも、好きな音楽に対する身体の誠実な反応は変わらない。
強さは難度から生まれるとは限らない。
張力は抑制から生まれる。
舞台への敬意は、
規模や華やかさではなく、
その数分間をどれだけ真剣に向き合えたか。
ダンスは、
誰がより正確に動けるかを選別するものではない。
舞台に立つたびに、
自分の身体と和解していく過程。
歳月は体を変える。
時間は重みを残す。
その重みが動きを深く、安定させる。
旋律が進み、感情が広がるとき、
私はそこに立っていた。
好きな音楽が流れるとき、
私は踊っている。
舞台がなくても、踊っている。
それでいい。
今日は中国の大晦日。
幸せ😀