上海で開催された 2025 CIMEN 国際標準舞世界公開赛。
そのライブ配信を見ながら、私は画面越しにも“時代の空気”を感じ取った。
世界トップレベルのスタンダードスターペアたちが登場したのに、女性パートナーは——
あの象徴的な “スタンダードの大スカート(大ドレス)” を身につけていない。
代わりに、身体のつながり、体幹の使い方、レッグラインがすべて見えるパンツスタイルで踊っている。
ショーダンスだからかもしれん。
その姿は、まるで静かに差し出されたサインのようた。
「スタンダードは、よりスポーツとしての本質へ向かっている。」
日本では、種目名としては “スタンダード” と呼ぶものの、長い歴史の中で“社交ダンス”という穏やかなイメージが根強く残り、華やかなドレスと優雅な雰囲気が重視されがち。
その結果、学習者の九割がシニア層という現実もある。
もちろん、シニアの皆さんの熱心さは素晴らしいし、マーケットとしても安定する。
でも、その優しい空気に慣れきってしまうと――
技術への厳しさも、身体の可能性も、
そして次世代への継承も、静かに細ってしまう。
そして、避けて通れない存在がある。
そう、
スタンダードの大きな大きなスカート。
あれは魔法です。
回れば華やか、広がれば美しい。
一瞬で“上手そうに見せてくれる”。
練習で着ると、身体の甘さがふわっと隠れてしまう魔性のアイテム。
でも、CIMEN のライブで見た“パンツで踊るスタンダード”は、その魔法に頼らない美しさだった。
隠さないから、強い。
見えるから、ごまかさない。
布ではなく、“身体”で勝負をしている。
私は、画面を見ながらハッとしたよ!
大きなスカートを愛しているデブオバサンの私ほど、大スカートに甘えやすいのだと。
だからこそ今、
大きなスカートには敬意を払うけれど、
甘えるのはやめる勇気が必要だ。
自分のレッグライン、
自分の軸、
自分の音楽のつかみ方。
その“自分”を磨いた先で着る大きなスカートなら、それはもう衣装ではなく、自分の美学の証明 になる。
CIMENのライブを見終えたとき、
私は静かに確信した。
大スカートを愛しつつ、
大スカートに隠れないダンサーでいたい。
スタンダードが、より身体的で、よりリアルに進化していく今、その変化を “身体で受け止められる自分” でありたい。







