全ての場所が危険

 

ここの食事も朝5時である。今日の天気予報はそれほど良くなかったが、まだ雨は降っていないようである。なんとかかっぱ着なくてもすみますようにと祈りながら、朝食をいただく。

 

しかしながら、今日もカッパが必要な雰囲気になってきた。朝食後は、部屋でしっかり雨装備準備をする。こんな日はもう諦めて歩きに専念することができる。

 

どうやら秋雨前線らしい。まだ台風でなくて、よかったのである。

 

それに、今回の最大の山場は昨日であり、私はもう既に乗り切ったのである。これから3日間は、まあおまけみたいな感じであった。

 

しかしながら、そんな気合のなさがよくなかったのか、残り3日間もまあ大変だったのである。

 

出発する前に五色ヶ原山荘に貼ってあった3Dの地図を見ていると今日の目的地である剣御前に行くには、かなり登るようであり、大変そうな雰囲気である。今回の最大の目的が薬師から立山への縦走だったので、はっきりいって雄山から剣御前は、時間があるから付け足したおまけみたいだったのだ。けれども、3D地図によるとなんだか大変そうである。

 

宿のおじさんに、この地図みてちょっとびびってると話していると、昨日薬師岳山荘からの道を歩いているから大丈夫だよと元気づけてもらう。けど、稜線は天気によって厳しいから、一の越でまた考えればいいよとアドバイスもらう。確かにそうである。今はまあそこそこであるが、今後どんな天気になるかわからない。

 

それから、立山までどこか気をつけた方がいい場所があるかも聞いてみると、”全ての道が危険”ということである。実際に事故が起こる場所というのは、危険な場所ではなく、なんでもない場所が多いという。そこらへんの木道で、まさに不注意でケガをし、ヘリまで呼んだことがあるという。

 

”全ての道が危険”。確かにそうなんだろうな。小屋の人が言うからさらに重みが増す。

 

出発間際に、ネパールの人とも話をしていると、なんと彼は私の山小屋時代の元同僚の親戚であるという!あーあ、世界って狭いのである。そして彼も今日は室堂方面に向かい、ネパールに帰国するという。日本での山での数か月の仕事を終えた後の帰国なので、彼にとってはとてもうれしい日だったのだと思うのだ。

 

6時ぐらいに、私が一番に出発した。遅い人は、早く出発しなくてはならないのだ。

 

意気揚々と出発するが、私がテント場に向かって歩き始めると小屋からおじさんがあわてて出てきた。なんと私は違う方面に進んでいたらしい。

 

というのも、私はてっきりテント場を経由してザラ峠、立山方面に行くものだと勝手に勘違いしていたのである。そしてあわよくば、昨日のテントの女の子とまた会いたいなと思っていたのである。

 

ありがたくおじさんに正しい方面を教えていただき、女の子との再会はあきらめて、立山方面に向かうこととした。

 

それほど強い雨ではないが、やはりカッパは必要である。ザラ峠までは下り基調。地図には歴史とロマンの峠って書いてあるけど、いったいなんだろう。そんなの関係ないくらいガスっていて、なんだかよくわからない。

 

昨日のおじさんはザラ峠近くがちょっと大変だみたいに言っていたけど、どこのことを言っていたのだろう。それよりも雨でどの岩もつるつるしているのが、怖かったのである。登りが始まったくらいで、3人の山ガールにあっさり抜かされる。さすが若い子は違うのである!基本的な体力が違うのだ。そして、昨日ビールを一緒に飲んだあの女の人にも抜かされる。なんだ、みんな早いのだ。その後は、ネパール人2人も私に追い付いてきた。彼らは、ビニール袋をザックにかぶせての登場である。あれでもないよりはましなのだろうか。彼らにとっては、こんな雨はなんてことないのだろうか。

 

ネパール人の人からは、ここら辺を過ぎたらもう大丈夫。あとは、室堂まですぐだよって教えてもらう。彼らにとってはそうだろうが、私もそう感じるのだろうか・・・。

 

ここら辺は、風もかなり強く、ガスっているので、山の全容が全くわからない。そろそろ頂上かと思っているとまだまだ登る道が続いていたりするのである。それにしても、おもしろいのが、日本の登山道って、どこの山も山頂をわざわざ通るように作らているような気がする。それに比べてヨーロッパは、山頂はわざわざ通らずに、もっとも低いポイントの峠を通るように登山道ができている。日本は眺望もしくは、サミットを踏むことが大切にされており、ヨーロッパの山道は、効率、目的地に早く、簡単に到着するのを優先させているからだろうか。

 

まあ、別にどちらでもよいのである。今更ではあるが、こんな違いに気がついてみたのである。

 

3人の山ガールともかなりの差が開いただろう。彼女らの姿も見えなくなっている。あのネパールの人は、簡単といっていたが、そうでもない。この風の中では結構大変である。おまけに、両手を使わなくては乗り切れないとこもそこそこある。今日は軍手ではなく、雨用のグローブ。しかしながら、もう既にびちょびちょになっている。あー、、もっと防水のいいものを買った方がいいらしい。

 

それでもどうにか、あともう少しで龍王岳というところで、向こうから来た登山者に声をかけられた。龍王岳はどこかと。私は龍王岳に向かっていると思っているんだけどといって、地図を見るとやはり彼らは龍王岳だと気づかずに龍王岳を通りすぎてしまったらしい。

 

その後からは、薬師岳山荘から一緒だったおじさんにも追い付かれる。

 

みんなで龍王岳山頂に行き、分岐にてみんなそれぞれの道に分かれる。おじさん二人は、浄土さん方面、薬師から一緒だったおじさんも室堂方面なので、浄土山へ、そして私は一の越へ。

 

なんだかんだいって、薬師から一緒だったおじさんにもいろいろお世話になったのだ。

 

それにしても本当に不思議なのだが、ここら辺で出会うおじさんたちに嫌な印象を受けることはほんとどないのである。人が多い山では、なんだか嫌だなあと思うおじさん登山者っているのであるが、ここら辺でそんなことを思ったことはほとんどないのである。むしろみんな経験があって、山を理解していて、私みたいなへなちょこにもいろいろ教えてくれる懐の広い人たちばかりなのである。

 

ありがとう。おじさん!またいつかどこかでひょっこり出会いたい。

 

龍王岳から一の越までは、緩やかな下りであった。ここは、ライチョウの楽園かと思えるくらいのライチョウと遭遇することとなる。本当にうじゃうじゃいるのである。雨の日の一つだけいいことは、ライチョウさんと出会えること。けれども、いくらライチョウと出会えたって、やっぱり天気はいい方がいい!

 

この時期のライチョウは白い毛に生え変わろうとしている最中なのであろう、全体がもこもこした感じで茶色と白の毛が入り混じった感じでかわいいのだ。

 

途中でライチョウが登山道にのさばっていて、歩くのをはばかってしまう場所があった。向こうから来た登山者も同じだったらしく、しばらくライチョウが登山道から離れるのを待っていた。

 

しかしながら、いっこうにどこかに行く気配がなかったので、突っ切ることにした。登山者がみんなライチョウを大切にしているからだろう。人間を全く怖がらないし、逃げようともしない。

 

こんな近くでライチョウをみたのは初めてかもしれない。おまけに、カエルみたいな変な鳴き声も。

 

向こうからきた登山者もあまりにもライチョウがいるので、びっくりしていた。彼は昨日の最高の天気の時に剣に登ったという!なんとラッキーな。今日は内蔵助からであり、やはり雄山の稜線の風はかなり厳しかったという。一の越まではあっさり10時ぐらいに到着。雄山ー剣御前に予定通り向かう気満々であった。

 

嵐の中の一の越

 

一の越で温かい飲み物とパンでもいただき、今日の後半戦に備えようと中に入ると、結構な人がいた。一の越は雄山への中継地点でもあり、今までの登山者とは多少部類の違う人たちがいらっしゃる。観光客のにおいが少々漂う感じである。

 

かなりの人がここから雄山に向かおうかどうか迷っている人たちであった。

 

その中にひときわ目をひく、外国人の2人がいた。彼ががどこに行こうとしているのかとても興味があったので、話しかけてみるとなんと五色ヶ原、薬師を経由して上高地まで行くという。しかしそれにしては、朝10時にまだ一の越というのは、ちょっと危ない感じである。どれくらい歩ける二人かどうかわからないが、五色ヶ原に行くのなら、早く出発した方がいいとアドバイスする。そして、自分も五色ヶ原、薬師を経由してきたことを告げ、五色ヶ原ー薬師間の山小屋はもうしまっているので、なんとしてでも一日でこの距離を歩く必要があるから大変だと切に訴える。

 

おまけに、彼らはなんときちんとした地図を持っていなかったのである。そばのおじさんが余分の地図コピーをたまたまもっており、彼らにプレゼントしていたが、その他のエリアは私の地図の写真をスマホで撮っていた。

 

今日の五色ヶ原も大丈夫だろうかとかなり心配になる。とにかく、与えられる情報だけは与えておこうと、日本の山小屋には4時か5時には絶対に到着した方がいい云々をおせっかいではあるがいろいろ伝える。

 

それにしても彼女らはどれほどの実力、経験があったのだろうか。こういうアドバイスをするにも、ものすごいツワモノには必要ないし。結構むつかしいのである。

 

それにしても、彼らの健闘を祈って別れた後も、この天気だったら行かない方がいいとか言った方がよかったのかと後悔したりもした。

 

立山にあるのかどうかわからないが、外国人も含めた情報が不足している人たちに、地図を提供したり、山旅のコンサルをする場所があってもいいのではと思ってみた。しかしこれは、立山よりも実際の旅の前の方がよい。事前に地図をダウンロードしたり、外国語でも情報提供できるサイトが絶対に必要である。(もしかしたら、そんなサイトが存在しているのかもしれないが。)

 

それにしても、彼らがその後大丈夫だったのかとても気になったのである。外国人2人が北アルプスで遭難という記事とか見たくないと真剣に心配していたのである。

 

彼ら2人を送り出してから、今度は自分の心配である。この時点では、ここでお昼のパンを食べて雄山に登る予定でいた。

 

一の越で砂糖とミルクをたっぷりいれたインスタントコーヒーを買い、昨日からまだ持っていた菓子パンをほおばる。あー、おいしい。

 

そんなこんなしている間にも、一の越には観光客と登山客の中間ぐらいの人たちが出たりはいったりしている。今までの世界とまた異質な世界である。

 

ほとんどが雄山への登山者のようであるが、みんなこれより先に行こうかどうか迷っている。

カッパは着ているが、登山靴とスニーカーの中間ぐらいの靴を履いている方もいる。

 

私はおいしくパンをいただいてから、また身支度をして、小屋の人とも今日は剣御前までは辛そうだから内蔵助までにするしないとかいろいろ話していた。

 

そして出発前に外のトイレに行って、気が変わった。

 

私が到着した時に比べて、更に天候が悪化していたのである。

ちょっと隣のトイレに行っただけで、風と雨にあおられてずぶぬれである。

 

一気に雄山に登る気力がなくなった。というよりも、私レベルで3000mの稜線を歩くのは、命にかかわる気がしてきたのである。

 

そのために、一転して小屋に戻り、今日泊めてほしいと小屋の人にお願いした。さっきまでさんざん内蔵助とかいろいろ言っていたのに、変わり身の早い私である。

 

それから私の前に、女の人が来ているはずだと聞いていると、五色ヶ原で一緒にビールを飲んだ女の人が、その瞬間に一の越に到着した。彼女は浄土山に行ってきたので、到着が今になったという。

 

おおっと再会を喜び、あまりにも雨風がすごいので、私も今日は一の越に泊まることにしたと告げたのである。今日も、またビールで乾杯か。

 

快適な一の越

 

受付をすますと部屋の番号を教えていただいた。ここは自分で部屋まで行くシステムである。ここもどうやら一人部屋らしい!繁忙期などいったい何人詰め込まれるのかわからない6畳間を一人で占領である。

 

ここは、下界というか室堂が近いからであろうか、ごみ箱が設置されているし、水道から水もでる。たかが2日間の山小屋生活ですでに、ごみ箱と水道の水に感動できるようになっている。ここだと思う存分歯みがきも洗顔も普通にできそうである。

 

ちなみに変なプライド?のためゴミ捨てはごみ箱があってもしなかった。いくら室堂に近いとはいえ、ここはやはり山である。そんなに大した量でもなかったので、そのままザックの奥に潜ませたのである。

 

ここでは、何を置いてもまずは、着替えである。あまり認識していなかったが、かなり中まで濡れている。ここ何年かものすごい雨になったことがなく、このカッパも購入して3年以上にはなるが、まともな雨は実は今回が初めてである。何がよくないのかはよくわからないが、雨の度にこの程度になるのは、あんまりよろしくない。

 

体を拭いて、濡れていない靴下やTシャツを着るだけで幸せになる。ここでは、ダウンのズボンも登場させた。どうやら今回もってきたものをほとんど着ることになりそうだ。ダウンのズボンは軽いし、あったかいし、とても気持ちいい。

 

ぬれたタオルや靴下をなんとかしたいので、また乾燥室に干しにいく。ここの乾燥室はとても広いが、ストーブをつけるのは夕方ということである。どうか明日の朝までに少しでも乾きますように。ザックもびちょびちょだったので、ザックも乾燥室に置いてみた。

 

食堂に行くと、あの女の方がすでに一杯というか一缶目を楽しんでいる。山小屋に早く到着し、昼過ぎぐらいからお酒を飲むのが、彼女の山のスタイルという。

 

素敵である。

 

自分のスタイルを自然に楽しめるってすごいことだ。

 

私は、さっきパンも食べたので、雑誌を読みながら、自分の水筒のお湯を飲んでいた。田部井さんの記事や、いろんな記事を読むことができた。そして、以前お話しを聞いたことがある登山家の方が亡くなっていたことをしりショックを受けたり、最近がんばっている若い女の子の登山家のことを知ったりする。やっぱりこういう雑誌って、たまには読みたいものである。

 

あの女の方が、昼寝するということで部屋に戻られた後も、いろんな山雑誌を読んでいた。

まだ12時過ぎと思っていたが、いつの間にか時間は過ぎ去り、夕食の時間となる。ここの夕食の時間は5時半ぐらいだったか、いつもの5時よりは多少遅かった。そして明日の朝食は6時半という。さすが下界に近いので、山時間との時差の中間なのだろうか。

 

夕食は、山小屋には珍しくシチューであった。そういえば、こてこての日本の定食が続いていたので、ちょっとうれしい。今日はそれほど運動していないので、さすがにビールはやめておいた。あの女性の方も昼にあんだけ飲んだからということで、夕食時は飲んでいなかった。

 

外は相変わらずの雨と風である。

 

夕食後は、やはり天気予報にくぎ付けとなる。山では、どうしても天気予報に一喜一憂してしまう。明日の予報も芳しくないが、明後日は晴れそうなのである。私の母が来るからであろう・・・。私の母は、かなり強力な晴れ女であり、彼女がどこかに行くときは必ず晴れるのである。

 

地図を凝視し、明日のプランを考える。明日も天気はよくないので、無理はしないようにする。今日はもともと剣御前小屋を予約していたが、キャンセル、明日は大日小屋に予約を入れている。ちなみに、一の越はでは携帯も通じたのである。そのために剣御前のキャンセルも、携帯で問題なくできたのである。

 

天気の悪い日に稜線を歩くよりは、比較的緩やかであると思われる大日小屋に向かった方がよいと判断した。そうすれば、大日小屋をキャンセルしたりする手間も省けるのである。

 

明日はまた修行のように、雨の中山道を歩くことになるだろうが、明後日は天気がいい。大日岳から室堂までの道では、きっと素晴らしい紅葉を楽しむことができるだろう。

 

今日は運動量が足りていないからか、7時をすぎてもまだ元気である。それなので、食堂のテレビでためしてガッテンなどを他の人達と一緒に見た。

 

今日は瞑想に関して。人は瞑想して、自分の呼吸だけに集中すると、脳の中の海馬という場所がゆっくり休むことができて、脳をよい状態にしてくれるという。よくよく考えると私の登山って、ある意味瞑想に似ていて、脳を活性化してくれているかもしれないと思ってみた。

 

歩いている時は、基本歩くことぐらいしか考えてない。たまに、いろんなことも考えたりするが、それは余裕な時だけである。私はそれほど体力などもある方ではないので、山歩きをしている時はあまり余裕がない。歩くのだけに集中しているので、山歩き中はある意味瞑想に近いのではないかと勝手に思うのである。

 

それにしても、山小屋の食堂で、テレビの出演者とあわせて、瞑想したりとそこそこ楽しめたためしてガッテンであった。

 

それでも8時すぎぐらいには、自分の部屋に戻って就寝した。

 

しかしながら、その後雨と風がさらにすごいことになり、寝ていても雨風のものすごい音がずっーーと小屋中に響きわたっていた。

 

これは台風ではないはずである。ただの秋雨前線のはずである。本当の台風の時などはいったいどうなるのだろう。久しぶりに、山の風の恐ろしさを小屋の中で感じたのである。

 

ずーーっと風の音がものすごく、爆睡はできていなかったような気がするが、それでもある程度は寝ていたのだろう。ここでの朝は遅かったので、更に布団の中でぬくぬくし、6時頃に起床する。

 

そして、自分の顔を見て、びっくり仰天。ものすごい腫れ具合だったのである。もともときれいではないが、更にものすごい顔になっている・・。あー、恐ろしい。この顔が普通だと思われたら嫌である。

 

9月28日

五色ヶ原 2500m:6時頃

獅々岳2741m-鬼岳2750mー龍王岳2872m

一の越 2700m:10時半ごろ

一の越泊!

 

この日は、何と写真が皆無。