暗闇を行く
さて、今日は今回の山旅で一番つらい日である。そして、途中の山小屋がすでに営業を終えているので、途中であきらめることもできない。出発したら、次の小屋五色ヶ原山荘まで、たどり着かなくてはならない。日没までに辿り着かない場合には、途中でビバークするしかないのである。
そんなプレッシャーのためかそれとも誰かのいびきのせいか、もしくは寝すぎのためか、4時前には、目が覚めていた。静かに布団を畳、廊下にでる。小屋が準備してくださったお弁当をザックに詰め込んで出発する。あの女の子が提案してくれた通り、薬師岳山頂で朝ごはんをいただく予定でいた。
お弁当の名前を書いてくれていたポストイットに、お世話になりましたって書いてきたけど、小屋の人は見てくれたかな?暗くてちゃんと字が書けていたかどうかわからないけど。小屋の人もよかったし、とても気持ちよく過ごすことができたのだ。本当にお世話になりました。m(__)m
昨日の女の子とお兄さんにも、またブルーシートのとこで会ったので、お別れを言うことができた。
”お気をつけて”
って山ではなんだか、心に響く言葉である。本当にお気をつけて!なのだ。
さて、、確か4時半すぎには、小屋を出発した。おそらくご来光を薬師岳頂上で見るためだろう、かなりの人たちが身軽な恰好で出発しようとしていた。ここに泊まったらそういう選択肢もあるのだ。薬師岳登山であれば、薬師岳山荘に泊まって、身軽で頂上でご来光ってとてもいいかもしれない。
しかしながら、今日の私には、まだまだ長い道のりが待っている。とにかくなんとか早く出発して、少しでも先に進まなくてはならない。日没というタイムリミットまでには、なんとかして五色ヶ原に到着したいのである。
起きている人はたくさんいたが、薬師岳方面には私が一番で出発したのではないだろうか。
ヘッドライトの光を頼りに、山頂に向かう。しかしながら、道がそれほどはっきりしていないので、自分の歩いている道が正しいのか少々不安になる。
横尾から涸沢のようなはっきりした一本道であれば、問題ないのだが、ここら辺は暗い中では多少わかりずらい。
しかしながら、まあ私の歩いた道が正しかったのだろう。山頂みたいなとこに辿りついた。しかしながら、暗くてどっちが私の進むべき道かわからない。風がぴゅーぴゅー吹いている中をうろうろしていると、後ろから身軽な人たちのグループも到着した。
そうして、なんとここが山頂でないことを教えていただく・・・。
それにしても、教えていただけて本当によかった。
そのグループの後にちゃっかりくっついて、本当の山頂に到着した。そのグループの方々は、同じ職場の人たちで登山に来たということであった。みんな仲がよく楽しそうであったが、職場であればみんながみんな山が好きなわけではないだろう。強制参加させられた人がいないことを秘かに祈ったのである。けど職場のみんなでこういう体験をするのも、ごくたまにならいいかもしれない。
とにかく私は、あそこが偽頂上ということを教えていただいたことを感謝しなくてはならないのだ。
本当の頂上には、祠があって、日本の山の山頂という雰囲気を醸し出している。そして、空がもうかなりピンクから赤に変わってきている。
今日が天気がいいだろうということは、わかってはいたが、改めて素晴らしいご来光が見えそうな雰囲気を感じると、なんだか目がうるうるしてきてしまうのである。8月のイタリアトレッキングでも、ご来光を見ることはあったのであるが、どこかの山頂で拝んだわけではない。ご来光を一番美しく見るためには、やはりこのような山頂に来るのがいいのかもしれない。
太陽が上がってくるまでの時間に、小屋でいただいたお弁当をいただくことにした。山頂で人目もはばからずお弁当をいただく私は、かなり怪しかったと思うが、みんな太陽の方向に気をとられている。(はずである。)それなので、これからの道のりに対して感じるプレッシャーを感じながら、栄養補給のためにお弁当を無理やり食べている私のことなどは目に入らないだろう。(と秘かに祈るのだ。)
”あーーー、本当にきれい。”
あの場所にいた人ほとんどがそう感じていただろう。
久しぶりに見る日本のご来光は、本当に美しかった。こういう瞬間があるから、やっぱり山に来てしまうのである。
天気が悪い中登ってきたからか、山はこんなご褒美をくれるのである。
山頂ではグループとか単独とかそんなの関係なくて、みんなが入り混じって、楽しい時を過ごす。私はそろそろ先に進みますと、ここら辺にいた方々に挨拶をして一人北薬師岳の方に向かうことにした。
しかも、、、そこらへんの人に北薬師岳の方向も教えていただいた。あーー、こんなんで単独できてはいけないなあなんて思いながら。
山頂から下がるとこまでは問題ないが、北薬師岳までの道は結構ぼこぼこしていて、コースタイムは30分なのに、なんと1時間ぐらいも時間がかかってしまった。しかしながら、ここのコースタイムは短すぎると他のブログでも書いてあったような気がするので、それほど気にしないことにした。他の区間で、この分を取り戻さなくてはならない。
北薬師から間山ぐらいまでは、ほんと展望がいい素敵な道。おまけに、すんばらしい天気である。この日に、この時間の、この天気にここを歩けることを感謝しながら、天空のお散歩を楽しんだ。まさに、理想の稜線。縦走路である。
ここで、後ろから人が来たのに気が付いた。トレイルランの人ほどの小さい荷物ではないが、私たちよりはずっと小さいザックで、トレイルランの人みたいに、走っていた。
あっという間に私に追いついてきたその人は、ものすごい笑顔で挨拶をする。私もつられて、笑顔になる。
”最高の天気ですね!”
とお互いこの素晴らしい天気に恵まれたことを感謝する。彼もきっと五色ヶ原だろうと思ったのだが、なんと行けたら一の越まで行くという。
なんと!世の中には、私には図り知れない世界があるのだ。私の知っている世界では、薬師岳山荘から五色ヶ原までが、めいいっぱい。それなのに、この彼はあっさり私のめいいっぱいの世界と突き抜けていくのである。この彼は昨日薬師岳山荘にはいなかったので、太郎平かもしくは折立?からだと思われる。昨年も思ったが、日本の山にはすごい人がうようよしている。
10時すぎぐらいに、スゴ乗越の小屋に到着した。小屋では小屋閉めの準備をしているようであった。
小屋から少し行ったとこにテント場があり、そこでお弁当の残りをいただくことにした。こんな場所を独り占めしてお弁当。まさに至福のひと時なのであった。それにしても、本当にいい天気。
本当にものすごいアップダウン&今回の最大のピンチ
スゴ乗越からは、昨日のお兄さんが言っていた通り、アップダウンが始まった。今日はいい天気なので、カメラを持って歩きたかったのであるが、カメラを提げながら歩くことなどもってのほか。軍手をはめて、カメラはザックにいれて体全体で、山と対峙することになった。
ヨーロッパのごく普通レベルのルートでは、普通にカメラを提げて登ることは可能である。現に8月の北イタリアでは、カメラは首に下げ、あいつにはちんどん屋といわれ続けていた。
しかしながら、日本の北アルプスではカメラを首に下げながら歩くのは、難しい箇所が普通に点在する。おまけに、ヨーロッパでは軍手がほしいと思ったことはほとんどないが、日本の北アルプスで軍手は、必携である。
越中沢岳の登りが始まるところぐらいで、あることに気がついた。
なんと、ザックの横のポケットに入れておいた500mlのペットボトルの水が、消えているのである。これからのきついと思われるアップダウンに備えるために、ポカリの粉を水に入れようと思っていた矢先である。
この時には、本当に顔色が変わっていたと思う。距離的にはそこそこきていたが、これから今日の辛い核心部に向かおうとしているタイミングでである。
おまけに、太陽がじりじりと上から意地悪をする。
この時点で私が持っていた液体は、500mlの水筒に入った300mlぐらいのお湯だけであった。これから500ml以上は、絶対に必要だと思っていたところでもある。
ごつごつした場所を乗り越えて、変な体勢になっていた間に、ボトンと落ちてしまったのであろう。それにしても、不覚であった。なぜあんな大きなボトルが落ちたのに気が付かないのであろう。
この現実をなかなか受け入れたくないので、脳がこれは何かの間違いだと拒否反応をしている。しかしながら、これは現実である。この時に受けた精神的ダメージは非常に大きかった。私は非常に用心深いので、水や食料などが不足するというピンチを、いまだかつて経験したことがなかったのである。
この暑さの中でどうにかして、熱中症にならないように、なんとかぎりぎりのラインで水を補給していかなければならない。ここら辺にどこか水場はないかと思ったが、地図を細かく見る余裕もない。幸いなことに、水がすべてなくなったわけではないので、このまま突き進むこととした。気づいたのが、スゴ乗越の小屋の近くだったら戻ってなんとかして水をいただくことはできたかもしれないが、もうかなり小屋からは離れてしまっている。ここから戻っていたら、日没前に到着は多分むつかしくなるだろう。それに、このごつごつした道を引き返す余力なんてこれっぽっちも残されていない。
最悪、そこらへんの登山者の人にわけていただくかなんて思ったが、この天気である。みんな水が必要な日である。おまけに、このルート。さすがに長距離戦のためか、もう昼近くではあるが、薬師岳以降にすれ違った人は皆無。あの笑顔のお兄ちゃんに抜かされただけである。
かなり、深刻な顔でしばらく歩いていたと思う。ふとすると前から人が歩いてきた。さすがに水を分けてくれとは言えないので、私のペットボトルを見つけたら、まだ開けてなくて、今日落としたので飲んでくださいと話してみた。
しかしながら、その人は、日本語がわからないという。
”ええ?”
中国語かそれとも英語がいいのか?と聞くと、英語がいいという。
それなので、さっき水を落としてしまったので、この先の道で500mlの水のボトルがあったら、まだ新しいのでぜひ飲んでくれと伝えてみた。そして、越中沢岳を乗り越えてきた彼女らに、たぶんあなたたちは今日のルートで一番きつい場所を乗り越えたはずよと伝えてみた。
それにしても、日本語がわからない人がこのルートをこの季節に歩いているってちょっと危険である。このルートには英語での標識は皆無。日本語の標識だって、消えかかっているのだ。まあ、地図を読むことができれば問題ないのであるが、ここら辺の英語の地図があるかどうかすら非常に疑問である。
そして、どこから来たのか聞いてみると、なんとシンガポールという!なんと!どこでトレーニングしたのかわからないが、よくぞこんなマニアックなルートを歩いているとほめてあげたい。そして、彼女らの無事を心から祈るのである。もちろん私がシンガポール、そしてシンガポール航空が大好きなこともアピールしておいた。
非常に不思議であった。水がなくならなければ、挨拶しかしなかったと思われるので、彼女らがシンガポーリアンとはわからなかっただろう。水はなくなったけど、シンガポーリアンがこんな山奥を歩いているということ知ることができた。それにしても私の水はどこへ行ったのだろう。山のごみになってしまうのが、一番悲しいことである。
さてはて、シンガポーリアンと別れを告げて、向かったのが越中沢岳。彼女らによると大きな岩を乗り越えてきたという。その言葉通り、大きな岩がごろごろしている。水筒が落ちないようにザックのベルトをさらにきつくして、手を使ったり、変な恰好になったりして、大きな岩たちを乗り越えていく。大きな海で、ちっちゃなボートが大きな波の間をなんとかふよふよ浮いているようなイメージである。
あのお兄さんのアドバイスは、本当にありがたかった。まさかこんなにきついとは、地図を見ているだけではわからない。今日の暑さも辛いが、昨日の雨と雨に濡れた岩を乗り越えるのもつらかったと思われる。
それにしても、標高を登って稼いだとおもったら、また下ったり、本当にアップダウンの連続。そして、途中では同じ薬師岳山荘から来たというおじさんにも抜かされた。おじさんはおそらく朝ごはんを山荘で食べてから出発されたのだろう。やっぱり私は、歩くのは遅いのだ。
その後からはテント泊っぽい男の人。そしてその後からはテント泊の女の子もやってきた。
テント泊の人達は、少なくとも薬師岳山荘と太郎平の間(といっても太郎平寄り)のテント場からであろう。あんな下から出発してきた人たちにも抜かされようとしている。
テント装備の女の子とは越中沢岳の山頂で、共に登頂を祝い、残り少ないお水を飲んだ。彼女も今日は水があと少ししか残っていないと言っていた。けれども、あとはそれほど大変ではないはずである。一応今日の最難関というか大変なエリアはなんとかクリアーしたはずである。
それにしても、こういう場所とかで出会う人達とお話ししたりするのは、なぜかとても心地よい。まずこんな環境に自分から好んでくる人たちって、非常に限られた人たちであって、もうこの場所にいるってだけで、かなりの価値観、情報を共有している人たちなのである。
だから余計な自己紹介とかなんて全く必要なくて、ちょっと話をしただけで、いろんなことが勝手に想像されたりして、コミュニケーションが非常に楽なのである。この女の子とは、その後鳶岳までであるが、一緒に歩き、とても楽しかったのである。おまけにお互い、単独できているので、お互いの領域に踏み込まないだけの自然な感覚を身に着けている。この無理に気を使わなくてよい心地よさ。これは、日本の山、それもこの時期だからこそ味わえる感覚である。
彼女は、テント泊でおまけに、高瀬ダムから入って、裏銀座経由で薬師にきて、そして明日黒部ダムの方から抜けるという。今日はやはり薬師岳のテント場からという。一日の移動距離がまたすごいのである。おまけにテント装備で。すごい女の子が本当に多いのである。
鳶岳の登りで私が急速に失速、休憩が必要になったため、彼女には先に行ってもらうことにした。それにしても、越中沢だけで終わりだと思ったのに!この最後の300m程度の登りは、本当にきつかった。なんども足をあげては、休憩し、岩の上で固まっていた。人が少ないというかほとんどいなかったからまだ許されるが、人が多い場所でのこんな登り方は許されない。
なんとか最後のピークを越えて、最後の山荘までの下りである。天気はそれほど悪くはないのだが、ガスがでてきて、視界がほとんどきかなくなっている。一瞬だけ山荘が見えたのだが、すぐにガスの中へ。もうすぐ到着と思い木道をずーっと歩くのだが、なかなか到着しない。途中で道を間違えたかとも思うが、木道を歩いているので、間違えるわけがない。
いい加減まだかと歩いているとやっとこ山荘に辿り着いた。山荘に入る前に、なんとかセーブしてきた水を全て飲み干した。もっていた水を全て飲んだのは、いまだかつてこの日が初めて。新しいペットボトルは、ザックの脇のポケットではなく、ザックの中に入れると心に誓ったのである。
水不足で、途中の登山道で倒れたりしなくて、本当によかったのである。
またまた楽しい山小屋ライフ
山荘に入ると、優しそうなおじさんが迎えてくれた。日没までに到着して本当によかったとおじさんに歓喜余って訴える。なんとおじさんは、私のことを待っていたという。というのも、薬師岳山荘から連絡が入っていたらしいのだ・・・。
遭難しそう?ちょっと危険っぽい登山者がいると山小屋間で連絡をとっているのだろう・・・。確かに、今日の距離は一般的な登山者が歩くには長距離でかなりつらい。うーーん。小屋の人に心配かけてしまうような行動をとってしまったのかと少々落ち込んだりもした。
それにしても五色ヶ原の小屋の方も本当に優しく、とても居心地がいい。ここら辺の小屋は北アルプスの穂高あたりとはちょっと異なり、商業的な感じはあまりなく、落ち着いた感じである。
部屋に案内してもらうと、なんと6畳の一部屋を一人占めしてよいという。昨日が大部屋でまあ少々不便(というかいびきがすごかった)ので、とてもうれしいのである!
そして、今日は水をセーブしてきたからであろう。非常に喉が渇いていたので、早速水を2本買って、一本を一気飲みした。この水のおいしいこと。ここ数年来で、おいしかった飲み物ランキング間違いなく1位である。
実は、五色ヶ原は、水はたくさんあるのだろうと勝手に思っていたのであるが、今年は雪が少なく雪渓からの水がもう終わってしまったということであった。そのために水道からは水が出ておらず、ペットボトルの水を買う必要がある。それにしても、昨日は確か500mlで600円だったが、ここは500mlで250円。まあ輸送方法などに違いがあるのだろうか。山の水の値段は、気にしない。購入できる場所があるというだけでありがたいのだから。
水一気飲みなどをしたり、荷物整理をしているとすぐ夕食の時間5時になる。相変わらず早いのだ。また山小屋ごはんである。私にしてみれば、日本のお米のごはんと、お味噌汁をいただけるだけで、うれしいのである。
ここの食事は、銀色トレイに乗せられており、揚げ物などもあり、とてもうれしい。今日はがんばったから、いっぱい食べてもいい。というか、明日のエネルギーのためにたくさん食べなくてはならない。
おいしくいただいていると、前の女性が、プシュっという音を立てた。
”はっ!”
だめだ、、我慢できない。
ということで、私も売店にビールを買いに走ったのである。今日は、たくさん歩いたし、これくらいのご褒美があってもいい。
それにしても、私の前にいる女性もすごい。いきなり食堂でプシュっと開ける勇気もすごいのだ。彼女は黒部ダムの方から来たらしく、当初から5時ぎりぎりぐらいに山荘到着を予定していたという。山小屋でお酒をいただくのをこよなく愛しているらしい。
その隣は、3人の山ガールたち。今回の山旅中に唯一出会った山ガールたちである。若くてかわいいのである。彼女たちは、今日は室堂から。そして明日は室堂に戻るということである。
後ろには、今日抜かされたおじさんとやはり立山から来たという退職後の余裕なおじさんたち。
10人前後の食事は、なんだか大家族の食事みたいで楽しいのである。というよりもビールで、一人勝手に楽しんでいたのだろうか。
食後は、畳の部屋で、同じ道を歩いてきたおじさんたちと適当にお話しする。はあ、本当にいろんな人がいるものだ。そして、変な気をつかわなくていいというか、気をつかってないし、なんだかこの時期の北アルプスって居心地がいいのである。というのも、ほとんどの人が単独だからかもしれない。
7時ぐらいには、もう眠くなり、またまた大爆睡。この日は、昨日のような騒音もなくゆっくり寝ることができたのである。
9月27日(火)
薬師岳山荘 2701m:4時半過ぎ
薬師岳 2926m:5時半ぐらい(ちょうどご来光)
スゴ乗越小屋:10時頃
越中沢岳2591m:昼すぎぐらいかな?
五色ヶ原山荘:4時ぐらい
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偽山頂に騙されるが、日の出前には、本物の薬師岳山頂に到着。
太陽がでてくる前の空。すごい色。
奥の方に見えるのは、槍だよね?たぶん。
私の進む道。
最高の天気。至福の稜線歩き。(ここら辺までは・・・)
歩いていた時は、それほど気づかなかったのだが、結構きれいに紅葉している。
かなりの望遠でとった。烏帽子と、その後ろはあの山!!!
いい空といい雲
おお、意外にきれいである、
スゴ乗越の小屋
まさかこれらを越えたのか?よくわかっていないのである。
まさに近くて遠いのはスゴ乗越の小屋。
あらためて写真を見ると、すごい中を歩いていたのがわかる。ただその時は、日没までになんとか五色ヶ原に到着することだけを考えて歩いていただけだったが。
シンプルだけどおいしかった五色ヶ原の夕食。ごちそうさまでした!














